象と目の見えない人の話(続き)

10年ほど前、原子炉の研究開発現場で、指導した時の事でした。

原子炉の研究は、多分野にわたる為、多くの分野の専門家が集まって研究をします。中性子の動 きを研究する炉物理屋、水やナトリウムの流れを研究する流体屋、建物や中の機器の強度と温度との関係を調べる構造力学屋、原子炉の燃料ばかり見ている燃料 屋、プラントの運転を専門とするプラント屋、放射線安全に気を配る安全管理屋など、それぞれの専門分野の一流の研究者が寄り集まっています。

私自身は燃料屋でしたが、同時に原子力屋でもあり、常に総合的な立場で物を見る癖がついてい ました。そのような目から見ると、それぞれの専門家がその分野では一流でも、ある現象の本質を捕らえると言う意味では、目の見えない人が象を撫でているの と同じとしか思えませんでした。

高速炉の原子炉の中には、ウランやプルトニウムの燃料棒を束ねた燃料集合体と呼ばれる直径十 数センチ、長さ数メートルの六角形の柱上の物が詰め込まれています。この燃料集合体を出し入れして燃えた燃料の交換を行います。燃料集合体は、原子炉の中 で600℃以上の温度にさらされるので、次第に変形をおこします。この変形が大きくなり過ぎると原子炉からとりだすのに支障が出る為、変形の様子を知るの は重要なテーマです。

しかし御存じのように原子炉は厚いコンクリートに包まれ、何も見えません。そこでセンサーを 使って各分野の専門家がそれぞれ研究をしています。そこで、それぞれの専門家を集めて燃料集合体の振る舞いを研究する総合チームを作って皆で得た知識を持 ち合って検討することにしました。このように総合的な検討をすることは、原子力においては特に必要なのですが、やはり自分の分野に閉じこもりがちになるこ とが多く、残念なことです。

これには後日談があり、その職場を離れて暫くしてからイギリスから来た研究者と話した時、彼 のテーマが原子炉の燃料集合体の変形と中性子の動きの関係を研究するということでした。原子炉が新しい場合には、燃料集合体は真直ぐなので、ナトリウムの 流れによって振動をおこすが、燃料が変型してくるとお互いにぶつかりあって振動しなくなる。その様子が、中性子の動きで観察されるので、新しいもんじゅで それを観察したいというのです。イギリスの高速炉でもその現象を研究していたが、原子炉が閉鎖になったので、日本で研究したいとのことでした。やはり技術 の世界、どこででも考えることは同じだと思い、また自分が主張していたことが方向違いではなかったと安心しました。

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