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SEASON 再び春

    再び春

 [初春]。そう正月のことをいったりもするが、まだまだ下界は寒い冬である。三学
期とは名ばかりで、学校の授業をまともに受けている者などいない。冬休み明け早々の
センター試験を皮切りに、次々に各大学の入試が始まる。
 教室の中は二学期までとは雰囲気が違い、緊迫した空気が張りつめていた。一見変わ
らないようなのだが。
 からからからと静かに教室の扉を開け、静かに瑞穂は教室に入った。黙々と試験勉強
をしている多勢の生徒を横目に抜ける。そして、夏目の席にたどりつくと、抑えた声で、
いった。
「やっほぉ~」
「あ、いらっしゃい」
すこし顔を上げて、夏目は応えた。
 瑞穂は夏目の机にもたれるようにしゃがむと、小声で感心したように言った。
「それにしてもすんごい雰囲気よねぇー。あの新渡部くんですら顔つきが変わってるん
だからさぁ……」
 その声に気づいた新渡部は、顔を上げて、隣の席の夏目たちの方に顔を向けて、にっ
こりと笑みを浮かべた。
「そぉ?」
「ひゃあんっ」
その新渡部の笑みに、思わず瑞穂は声を上げてしまった。
 瑞穂はとっさに口を抑えたのだが、教室の随所から冷たい視線が飛んできた。申し訳
なさそうに瑞穂は、方々に頭を下げると、怒ったような口調ながら小声で新渡部に詰め
よった。
「ちょっとちょっとぉ~、なんで私が頭下げなきゃいけないのよぉ」
「瑞穂が勝手に驚いたんだろぉ? オレが知るかよ」
新渡部は小声で軽く笑った。
「新渡部くんがヘンな顔するからぁ……」
「ヘンな顔って、この顔か�v
また新渡部はにっこりと微笑んで見せた。
「ひゃあんっ」
またもや瑞穂は声を上げた。周りの冷たい視線がまた飛んでくる。
 夏目が苦笑いを浮かべて、小さな声で言った。
「おまえらいいかげんにしろよな~」
 その言葉に瑞穂はしゅんとなってみせると、新渡部に対してブーたれた。
「まったくもぉ! 怒られちゃったじゃないのぉ」
「ははっん。ま、気にするなよ」
にっこりとして、今度は歯も光らせた。
 それを見て、瑞穂は思わず大爆笑。が、当然、同時に教室内の至る所から、冷たく怒
りに満ちたような視線が突き刺さってきた。
 問題集を閉じて、鞄にしまうと、夏目は言った。
「外で話そうぜ」

 三人は物音を立てないように静かに教室をでた。そして、教室の扉を抜けると、瑞穂は
大きく息をついて、言った。
「ぷはぁ~。あんたたち、あん中にずぅ~っと居て、よく肩凝らないわねぇ~」
 それに対し、夏目はあっさりと応えた。
「そお?」
「そおってねぇ……」
「オレはちょっと凝るかなぁ?」
「でしょぉ、でしょぉ!超すっんごい雰囲気だもんねぇ」
新渡戸の言葉に意を得たりとばかりに瑞穂は言った。
 それに対し、また夏目はあっさりと応えた。
「みんな、入試が眼前に迫って一生懸命なんだから仕方ないだろ」
「もっと前から頑張ってねえから、今頃になってあーなんだよなぁ~」
新渡戸は頭の後ろに手を回し、いった。
「それって、新渡戸くんが言える台詞ぅ?」
瑞穂は苦笑いした。
 ふいに外した瑞穂の視線の先に後輩らしき少女の姿があった。
「あれぇ、ともみちゃ―――んっ」
「えっ!?」
 瑞穂の声に夏目と新渡戸も瞬時に振り向いた。それに気がついたようにともみは軽く頭
を下げた。
「ともみちゃん、髪切ったのぉ?」
「え、ええ」
「最初、別人に見えちゃったわ」
「そ、そうですかあ?」
「うん。だって、前はポニーテールにしたりしてさ、女の子!って感じの長い髪だった
じゃない」
「瑞穂先輩も伸ばしたらいいじゃないですか。似合うと思いますよ」
「ありがとっ。でも、ダメダメぇ。毛質に合わないんだかわかんないけどね」
 二人の会話に、申し訳なさそうに男の声が割って、入る。
「ともみちゃん、髪切ったんだぁ」
「あ、新渡戸先輩。似合います?」
「似合ってんじゃない? なぁ、夏目ぇ~」
「そうだね」
夏目はなにか言いずらそうに、応えた。
 すると、ともみは聞いた。
「夏目先輩、社交辞令で言ってません?」
「そっ、そんなことないよ」
「あ、あやしい。先輩がどもるトキって、かなり焦ってるトキですもんね」
「なに言ってるんだよ。なにを根拠に言ってるんだか。なんだかな……」
「あはっ」
ともみは口に手を当てて、笑った。
 不思議そうな声で新渡戸は聞いた。
「もしかしてともみちゃんさぁ、廊下にずっといたのぉ?」
「あ、あー、ちょこっとの時間ですけどね」
軽くともみは微笑んで、応えた。
「えーっ、ホントぉ?廊下でじゃ寒かったでしょぉ?」
「そんな、瑞穂先輩っ。表よりは暖かいですよ」
「私みたいに入っちゃえばいいのにぃ~」
「でも、ちょっと入りずらくって」
「あー、わかるわかる!あの雰囲気だもんねぇ」
 その瑞穂の台詞を耳にして、新渡戸は苦笑いしながら茶々をいれた。
「ホントにわかってんのかよ」
「わかってるわよぉ!失礼ねぇ~」

 休み時間終了のチャイムが鳴る。ぼそっと夏目は言った。
「さて戻んなきゃ」
「授業でなくて、内職のためにな」
新渡戸は夏目の後に付き、そう言って、軽く笑った。
 教室の戸を静かに開け、二人は中に入ろうとした。その時、瑞穂は呼び止めた。
「夏目っ
「ん?」
足をとどめて、夏目は振り返った。
 瑞穂は聞いた。
「センター、どうだったぁ?」
 すると、夏目は似合わない笑顔を見せ、教室に入った。瑞穂はそれを見ると、蔓延の
笑みを浮かべ、大きく手を振って、ガッツポーズをした。その傍にいたともみはというと、
安堵のため息をついた後、その瑞穂に目を向け、複雑そうな表情を浮かべた。そして
新渡戸は、そんな二人を見て、すこしうつ向くと、吐息をつき、再び二人の方を向いて
小さく手を振ると、教室の中に入った。


 二月は走馬灯のように日にちが過ぎ、相次ぐ試験に追われていた。そんな中、新渡部は
そこそこの大学に引っかかった。けれども、新渡部はそれを公言はしなかった。まだ行き先
の決まっていない夏目のことを思ってなのかどうかは解らないが。
 一方、夏目の本命とする大学の試験はこれから。少しずつにぎやかに戻りつつある教室
の中にあっても、夏目は黙々と勉強していた。そして、その試験の前に卒業式はあった。

 白銀の広がる校庭を前にして、新渡部は言った。
「ほえ~、見事に積もったなぁ~」
「暖冬とか言ってたのにねぇ。でも、ま、こぉ~いうのもいいんじゃないかな? ねっ、
夏目?」
そう言って、瑞穂は微笑んで、夏目の方を見た。が、その瞬間、瑞穂の表情がこわ
ばった。
「夏目ぇ~、ココまできて参考書なんて開いてないででよぉ~」
 夏目の手にしている参考書を瑞穂は手で押し上げて、代わりに自分の顔を近づけた。夏
目はすこし怪訝な表情を浮かべると、いった。
「ココまでって、俺には卒業式のほうがどーでもいいんだけどな……」
「なぁーに言ってんのよおっ。高校生活最後の式典なのよぉ!」
「まだ受験だって終わってないしさ……」
「もうすぐじゃない! それぇに、あれだけ受験勉強やってて、まだやりたりないの?」
「全然……」
夏目の答えに瑞穂の表情は曇った。
 その時。瑞穂と夏目が奇妙な叫び声を上げた。
「ひゃあんっ」
「つっめてー!!」
「にっ、新渡部くんっ! なにすんのよっ!」
憤然と瑞穂は振り返った。
「あ、ごめんなさい」
そこにはともみが申し訳なさそうに微笑んで居た。手を雪で濡らして。
「オレは夏目にしかやってないぞ」
新渡部は明るく笑って、言った。
「新渡部っ、なんて事すんだよっ」
「夏目こそなぁ~にカリカリしてんだよ? 雪をちょっと首筋に当てただけじゃねえか」
 そんな中、ともみの声が明るく入ってくる。
「夏目先輩も、瑞穂先輩も、こんな日になんて顔してるんですぅ? もっと、いつもみた
いに明るくいきましょうよ!」
「こういうトキは気分転換、だろ? 瑞穂ちゃん」
片目をつぶり、新渡部は軽く笑って見せた。
 瑞穂はなにか吹っ切れたように微笑むと、夏目の方を向いた。
「今日は没収!」
「ちょっ、ちょっと待てよ!」
 参考書を瑞穂に奪い取られて、夏目は取り返そうと動いたが、その動きを止めるように
新渡部が夏目の方を抱いた。
「オレたちのフィナーレぐらい試験のコトは忘れようぜ」
新渡部はにっこりと笑って、みせた。

To be continued