今週号を読む


SEASON 秋の章

       
    秋
 教室の自分の席から夏目は中庭に咲いているコスモスを見ていた。残暑は、
新学期早々に上陸した大型台風と共に消え、風は確実に冷たくなってきてい
る。もう秋なんだな……と感じる。
 夏目は視線を机上に戻して、机の上に開いてある現代史の参考書のページを
めくった。ぱらっと紙の軽い音がゆっくり流れる。が、その近くの席から勢いの
よい紙の音が響く。夏目の前の席に座っている瑞穂の方からだった。一般試験と
違って推薦の試験は試験日が早い。瑞穂はその推薦を受けるため、今は少し
目つきが違うようにも見える。
 そんな中、新渡部の声が割ってくる。
「おーいっ、そろそろ行こーぜ」
 ふぅっとその声に夏目は顔を上げた。新渡部は教室の入り口から数歩歩くと、
教壇の椅子に腰掛けた。近くにはともみの姿もあった。ともみは教壇にいる
新渡部を後目にこっちに向かってきた。
 ともみは瑞穂の前の席の椅子を反対側に座り、彼女の方を向いて、たずねた。
「瑞穂先輩っ! どうです〜?」
「まあ、ぼちぼちかなぁ」
その声に気づいたように顔を上げた瑞穂は、それまでの鋭そうな表情から一変して、い
つものような陽気な笑顔を見せた。
 下からのぞき込むようにともみは瑞穂を見つめ、軽く笑って、いった。
「えへへっ〜。珍しく真剣ですね〜」
「そぉ?」
 瑞穂は微笑んで、いった。
 ・・・と、いつもならこの辺で新渡部が悪態をついてくるのだが……。ともみが後ろ
をちらっと見ると、新渡部はまだ教壇の所にいて、退屈そうにあくびをしていた。
 いつもの元気良さそうな表情にすこし陰を落として、瑞穂は言葉を続けた。
「・・・どうもね。内申がちゃんとしてれば、なんにも心配ないんだけど……、でも、
なんかね……」
 複雑そうな表情をともみはうかべる。瑞穂は体を起こすと、ぎこちなく笑ってみせて、いった。
「どうしちゃったんだろね?」

 二人は横に人の気配を感じて、顔を上げた。そこには、いつの間にか帰り仕度を済ま せて、もう帰るばっかりの姿の夏目が立っていた。夏目はぼそっと優しく呟いた。 「そろそろ帰ろ。もう遅いし」  腕時計に目をやれば、針はもう六時近く。そういえば、辺りも薄暗くなってきている。  瑞穂は一息つくと、立ち上がって、机上の物をささっと整理した。そして、にっこり と、いつものような微笑みを浮かべて、いった。 「じゃっ、帰ろっかぁ」  その言葉を耳にすると夏目は、教壇で退屈そうにしている新渡部に声をかけた。 「おいっ、新渡部! 帰るぞ」 「ふぅ。やっとかよぉ〜」 新渡部は立ち上がると、やれやれといった表情を浮かべて、出入口に向かった。  明るそうな顔をして、ふと瑞穂は訊ねた。 「そぉーいえば、夏目くんも推薦受けるのぉ?」 「あ、ああ、一応ね」 そっけなさそうに夏目は応えた。 「やっぱりねぇ〜」 「あー、でも、一般試験も受ける事になると思うけどね」 「だぁーいじょぶでしょ、夏目くんならぁ」  そんなやりとりをしている二人を、ともみはただ無言で見つめていた。そのともみの 視線の反対側から新渡部が話しかけてきた。 「今年の二年の修学旅行はスキーなんだってなぁ!」 「えっ、あ、そうらしいですね」 急な新渡部の話しかけに少し驚いてから、ともみは返事をした。 その話題に入り込むように、新渡部の反対側から夏目の声が割ってきた。 「俺らの時は京都・奈良だったっていうのに、うらやましいよね」 「いいじゃないですか! 素敵なトコで」 「そうかな?」 「そうですよー。それに、そんな機会がないと、なかなか行かないし。でも、スキーは プライベイトで行った方が楽しいのに……」 ともみはちょっと不満そうな表情を滲み出した。  すると、今度は、新渡部が調子よさそうに、言う。 「そぉーだよなぁ。イヤな奴とかとスキー行っても面白くねーもんなぁ。あ、冬にスキ ーに行こっかぁ?」 「あっ。連れていってくれるんですか?」 ともみは両手を合わせて喜んでみせた。  怪訝な声を出し、夏目はいった。 「新渡部ー。なんで、瑞穂には言わないくせに、ともみちゃんには言うんだよ……」  新渡部はあっさりと言葉を返した。 「ん? 別にぃ」  それを聞いたともみは驚いたような声を出した。 「あっ、新渡部先輩! 瑞穂先輩には言ってないんですか?」 「話もなにも、まだシーズンでもないしなぁ」 「でも、冬はもうすぐですよ。日程の予定とか、場所とか、早く決めとかないといけな いんじゃありません?」 「そっかなぁ。そんなあわててやるもんでも……」 「一人で行くならともかく……」 「いいって、いいって、ともみちゃん」  いつもの覇気がない瑞穂の声が割り込んだ。 ・・ 「新渡部くんは、思い立ったら吉日の人だから、そんなに細々計画立てるの、苦手なの よ。それに、わたしも新渡部くんもスキーなんてしてる場合じゃないってぇっ」 顔は微笑んではいるけれども、いつも程の元気はない、そんな瑞穂のしゃべり方であった。  ともみはあわてたように、言葉を発した。 「そっ、そうですよねっ。スキーシーズンっていったら、受験のさなかですもんねっ」
 夏目が瑞穂の顔をのぞき込むように、きいた。
「どうかしたのか?」
「えっ、なにがぁ?」
「いや、元気なさそうだからさ」
「そぉ? 元気だよぉ」
瑞穂は両手を脇を閉めてガッツポーズをした。そんな瑞穂の対応に、いつもなら苦笑し
ている夏目だが、今日は違った。
 ポーカーフェイスのまま、夏目はぽつりと言った。
「やっぱ、ヘンだよ」
「そっかなぁ。つかれてんのかもねぇ」
そういうと、瑞穂は空笑いした。
「ヘンなの、今日だけではないぜ」
「元からだってぇ?」
また瑞穂は軽く笑った。
 すると、夏目が真剣そうに、いった。
「夏休みが終わった頃ぐらいから……、模試の後ぐらいか……」
 その言葉に、一瞬、言葉を失い、顔から表情を消した瑞穂だが、その一瞬後、今度は
いつものように陽気に笑って、いった。
「なに言ってんのよぉー!気のせいよっ!!」
 そこにすかさず夏目が何か言おうとした。だが、その前にともみの声が割ってきた。
「あー、瑞穂先輩。つかれてるんなら、これから息抜きにぜんざいでも食べに行きません?」
「いいね、いいね、いいねぇ〜」
「やっぱり、こういう時は甘いもんがいいですよねー」
「この季節はそぉいうためにある感じよねぇ。お汁粉、焼き芋、おはぎにと。つかれて
なくても食べたいわぁ」
「じゃあ、何処に行きます?」
「そぉねぇ〜。幹茶屋なんてどう?」
「あ、最近できたアレですね」
「んじゃっ、決まりぃ〜! と言うコトで、行ってるねぇ〜」
瑞穂は後ろに振り向いて、夏目たちに向かってそう言うと、ともみとさっさと校舎を出
て行った。
 二人にさっさと先行され、困ったような表情で立ち尽くしている夏目の後ろで、新渡
部はげた箱から靴を出し、地面に放り、靴を履いた。そして、夏目の横を通り過ぎよう
とした。その時、夏目はボソっと言った。
「新渡部。ナニやったんだよ?」
「別に、なにも」
「また喧嘩でもしてんのか?」
「いいやぁ」
「じゃあ、なんだよ?」
「知るかよぉ。大体、なんでオレのせいにすんだよっ!?」
                ・・
「ふーん。それなのに、新渡部くんか……」
「しらねぇーよ」
新渡部は怒ったように、応えた。
 秋の冷たい風が枯れ葉を宙に舞わす。ススキが雑然とした音を響かせる。冷え冷えと
した空気が一面を支配する。。
 夏目は呟くように、いった。
「彼女、つかれてるのかな……」
「そーなんじゃないかぁ。あれでも、根はくそまじめなトコあるしよ」
「じゃあ、模試の結果が悪かったのかな……」
「模試は全然問題ないだろぉ。第一志望校の合格率、Aもらってたしなぁ」
「じゃあ、なんだよ? 新渡部ー、おまえ、なんか知ってるんだろ?」
 新渡部は思いきったように、言葉を切り出した。
「あの夏……、拒まれてからだよなぁ」
「拒まれた?」
不思議そうな声を夏目はもらした。そして、今度は落ち着いた声で追句した。
「いったい、なにを?」
「アレさ」
「アレ!?」
「そっ」
 無表情であっさりと新渡部は応えていた。しかし、夏目にはなんの事なのかわからな
かった。夏目は、彼にしては珍しく、すこし苛立ったような声を出した。
「ちょっとちょっとなんなんだよ!?」
「にゃははっ。要するに、夜明けの珈琲が飲めなかったわけだぁ」
「はあ? 夜明けと言わず、夜中でも深夜でも未明でもコーヒーは飲んでるじゃないか
、おまえら」
「あははっ。別に紅茶でもよかったんだけどなぁ」
新渡部は笑いながら、先に進み始めた。
 夏目はそれに気づくと、追いかけて、いった。
「おまえ、それがあったから、瑞穂にあんな態度とってんのか!?」
「あんなって、どんなだよぉ?」
振り返って、そう言うと、また新渡部は笑った。
「コーヒーや紅茶を一杯ぐらい一緒に飲めなかったからって……」
「にゃははっ。おまえって、ホントに幸せな奴だよなぁ。早く行かねぇーと、またブー
たれられるぜぇ」
そう言うと、新渡部は走りだした。
 夏目も新渡部を追っかけて、走りだした。途中、ハっとなにかに気がついたような顔
をすると、大声を出した。
「にっ、新渡部っ!おっ、おまえ、まさか……!?」
 しかし、その声は新渡部には届いていなかった様で、どんどんと夏目の視界から新渡
部の姿は薄れて入った。

 幹茶屋の入り口。隣で下を向いてぜぇぜぇと息を切らしている夏目を横目にみて、新
渡部はそっけない顔でぽつりと言った。
「なんで、そんなに気になるんだよ?」
「別に……。そういうわけではないけど……」
顔を上げて、夏目は応えた。
 それを聞くと新渡部は、なにを考えているのかわからない、といった表現の合う表情
を浮かべて、そして、空を仰いだ。澄んだ水色の空にうろこ雲が流れている。
 新渡部は目を閉じて、息をつくと、夏目の方を向いて、いった。
「入ろぉーぜ」
 新渡部は一輪菊を入り口に置いて飾っている幹茶屋の扉を開けた。


 校門に立っている銀杏が葉っぱを鮮やかな黄色に染めた頃、中庭は紅や朱や黄色や赤
色の絨毯を敷いたような光景を織りなす。そんな光景に目をやる余裕などないように、
夏目は黙々と問題集を解いていた。
 ふと、夏目は鉛筆の動きを止めて、顔を上げた。そして、横の椅子に座って雑誌を読
んでいる新渡部に問いかけるように、言った。
「最近、瑞穂、来ないね」
「気ぃ使ってんじゃないのぉ。君の邪魔をしちゃ悪いと思ってぇ」
「なんだよ、それ? おまえにの間違いじゃないのか?」
「そうかなぁ?」
新渡部は失笑してみせると、言葉を続けた。
「それによ、夏目は推薦落ちたのにさ、瑞穂はあっさり決めちまったしさぁ」
「あ。やっぱり、あそこに決めたのか……」
「なんだ、知らなかったのか? てっきり話してるもんかと思えばぁ」
「話すもなにも、あれ以来会ってないしな」
「隣のクラスなのにかぁ? なんなら、電話でもすりゃあいいじゃん。気になってたん
だろぉ?」
「おいおい、待てよ。なんで、そこまでして……」
夏目は一息をついくと、苦笑いした。
 それに対し、新渡部は怪訝な瞳をチラっと夏目に向けると、欝向いて、目を閉じて、
言い捨てた。
「もしかして、おまえ。オレに気ぃ使ってんのかぁ?」
「そんなんじゃ……。それに、俺には……」
「ともみちゃんがいる。ってかなぁ?」
大きな声で新渡部は笑った。すると、夏目がムキになって、言葉を返そうとした。
「別に、ともみちゃんは……」
 その時、ふいに声が割ってきた。
「あの……。先輩、なにか……?」
「………………!!!」
 振り返ると、そこにはともみが不思議そうな顔をして、立っていた。夏目は思わず絶句した。
 しかし、すぐさま平静を取り戻すと、いつものようにいつものような口調で口
を開いた。
「やぁ。ひさしぶりだね、ともみちゃん」
「ひさしぶりって、こないだも会ったじゃないですか」
「そうだっけ? あ、ごめん」
 笑顔でともみに返された夏目は、またいつもようにいつものように応えた。けれども、
横では新渡部は腹を抱えていた。そこにともみは悪戯っぽく言った。
「で、夏目先輩っ。私がどうしたんですか?」
「別になんでもないよ」
「そうですか……」
夏目の応えにともみは沈んだ声を出した。
 すると、夏目はすこし慌てたように言った。
「ほんっとになんでもないんだってば」
 その時。
「あいかわらづねぇ〜」
 ともみの後ろからけたけたと笑いながら、瑞穂が姿を見せ、口を挟んだ。
「み、瑞穂……」
「ん? どーしたのぉ? 私の顔になんかついてるぅ?」
「そういえば、最近見かけませんでしたね」
「そうだっけぇ?」
「そうだっけじゃないだろぉ!」
トボける瑞穂に新渡部は苦笑しながら口を突っ込んだ。
「ん?そっかぁ。新渡部とともみちゃんの顔はよく見た覚えがあるんだけどぉ、一緒に
夏目はいなかったんだっけぇ」
あっけらかんと瑞穂は言うと、ちらっと夏目の顔を盗み見た。

 瑞穂は声のトーンを替えて、話を切り出した。
「とっころでさ、なんの勉強してたのぉ?」
「なっ、なにをいきなり……」
それに対し、夏目は不思議そうに、そう応えた。
 横から覗き込むようにして見ていたともみは感心したように、いった。
「これって、いつからやってるんですか?」
「ん? 昨日からだけど」
淡々と夏目は応えた。
「えー、ほんとうですかー!! もう終わりそうじゃないですかっ!」
「あー、そうだね」
また、ごく自然に夏目は淡々と言葉を返した。
 すると、瑞穂は夏目の机の上の分厚い問題集を手にとり、ぱらぱら〜とめくった。
「へ〜、国公立のかぁ。それを二日でココまで問いちゃうなんて、やるじゃんっ」
「最近、内職の方が多いもんなぁ、夏目」
新渡部がさりげなく言葉を挟んだ。
「でも、まだ答え合わせしてないからなあ」
「よく言うぜ。この前解いてたのだって、全問正解だったじゃん」
隣の席で参考書を開いた新渡部は目線をまた夏目に向け、いった。
「この前? あー、あれね。でも、あれは今のより数ランク下のだったからな」
「数ランク下……。ま、おまえにしてみりゃ、そーかもそんねぇけどさぁ」
思わず、新渡部は苦笑した。
 そこにともみが驚いた声を出して、きいてきた。
「でも、いくら数ランク下のだって、全問正答なんてスゴいじゃないですか! ちなみ
に、どんなのだったんですか!?」
 すると、平静な顔で新渡部に確認するように、答えた。
「日東駒専だっけ?」
「そぉだよ」
「だ、そうです」
「えっ、そうなんですか! でも、でも、スゴいですねっ!!」
「そうかな?」
そう言って、夏目は愛想笑いのような笑顔を見せた。
 
「ちょっと急用思いだしちゃったから、先ぃ帰るねぇ」  アイボリーのマフラーをふぁさっと首に巻き、荷物を抱えた瑞穂が、手を振った。な んとなくぎこちなさそうな微笑みを浮かべて。 「あ、またなぁ!」 「瑞穂先輩っ。気をつけてっ」  明るく送ろうとするともみと新渡部にすこし遅れて、意外そうに夏目は言葉を発した。 「あ、もう帰るの?」 「うん、ごめんねぇ」 振り返って、片目を閉じ、恐縮したような笑顔を見せて、両手を合わせた。  すぐさま夏目は質した。 「どこか行くの?」 「うん、ちょっとねぇ。ほんっとゴメンねぇ」 「いえいえ、とんでもない。お気をつけて」 瑞穂の恐縮したような笑顔に夏目は慌てたように言葉を返した。もちろん、いつものよ うな落ち着いているような口調ではあるが。  教室を出るまで夏目は目線を外さず瑞穂を見送った。そして、その余韻も束の間、と もみが声を上げた。 「あっ。これ、瑞穂先輩の忘れ物じゃ……!?] 「どれどれ……」  ともみが手にしていたLPバッグを新渡部は受け取ると、中を開いて、覗いた。 「ふぅ〜ん……。あいつ、受験終わったんじゃ……」 「えっ!?」  新渡部のその言葉を聞いて、ともみと夏目も身を乗り出して、のぞきこんだ。すると 、新渡部はびっくりしたように二人を制した。そして、LPバッグから一つ一つ新渡部 は取り出して、二人に見せた。 「ほれ。問題集、参考書、それに湯島天神のお守りまで」 「…………」 「この赤本の大学ぅ、夏目の本命じゃなかったっけ?」 「ああ、そうだよ」 「瑞穂も受ける気なのかねぇ?」 「さあ? でも、もう彼女は推薦で受かったトコに決めたんでしょ?」 「そーは言ってたけどなぁ……」  取り出された参考書や問題集をともみはぱらぱらと眺めていた。最後の一冊の終わり のほうで、しばらく同じ頁を開いていたようだったが、それも閉じて、静かに積み重ね、 静かな声で言った。 「これ……、夏目先輩に渡そうと思って、瑞穂先輩、持ってきたんですよ。きっと」 「えっ!? なんで、そう思うの?」 驚いたような声で、夏目はきいた。 「だって、みんな細かく、色々書き加えられてるし……」 「自分の為に、じゃないの?」 「んじゃあ、瑞穂は推薦蹴って、一般を受けるのかぁ?」 「そうじゃない?」 違う?とでも言いたげな口調で夏目は新渡部に問い返した。  一瞬、新渡部は何か意味ありげな視線で夏目を見据えたが、すぐに、その表情は崩れ、 うらやましそうな声を上げた。 「もったいねぇなぁ……」 「私、帰りますね」 「あれ、一緒に帰んないのぉ?」 新渡部がともみの言葉に意外そうに、いった。  なんとなく、ひきつったような笑みをともみは浮かべると、応えた。 「ええ。今日はちょっと……」  そのともみの表情と言葉に、新渡部は察しがついたような顔を浮かべた。それに対し、 あいかわらずの落ち着いたような口調で夏目は聞いてきた。 「どうしたの?」 「あっ、ちょっと……」 ともみはすこし困ったような表情をうかべ、応えた。  コートを羽織り、マフラーを巻いたともみは、軽く会釈をすると、教室の出入口に向 かった。そして、出入口で振り返ると、すこし声を上げて、いった。 「それ、瑞穂先輩は夏目先輩に渡すつもりだったんですよ。きっと」 「えっ!?」 夏目と新渡部は声を上げた。  ともみは呟くように、言葉をもらした。 「いちばん最後のページを見て下さいよ」  夏目は慌てたようにその参考書や問題集を開き、終わりのページを見た。そして、と もみが最後に見ていた一冊・夏目の本命の大学の赤本を開き、見た時、夏目の動きは一 瞬、止まった。そこには、一言だけ記されていた。夏目くん、がんばってね。と。  新渡部がふと顔を上げると、出入り口には既にともみの姿は消えていた。窓の外には、 薄暗くなった空の向こうの地平線に赤い月が昇っていた。   
Autumn the end.
To be continued Winter