SEASON 夏の章

 どんよりとした重たそうな雲からしとしとした雨が降っている。延々と。そんな中、
あじさいが雨に打たれて、身体中の埃を落として、鮮明な葉の緑を見せ、紫や青の群花
を引き立てて咲かせていた。
 憂鬱な気分になりそうな中、更に由欝にさせる中間試験の解答。新渡部は窓際の壁に
もたれかかせた椅子に座りながら、呟くようにいった。
「やっべえなぁ〜」
「おまえがちゃんと勉強してないからだろ」
淡々と夏目は言った。
 新渡部は頭の後ろに腕を回して、ぼやいた。
「選択、失敗したかなぁ……」
 ガララッと教室の扉を開け、瑞穂が入ってきて、まっしぐらにこっちにきた。
「やっほぉ〜。ねぇねぇ、試験どうだったぁ?」
「いきなりきて、それか……」
新渡部は頭に手を当て、反り返った。
「なになにそれぇ〜。さては、新渡部の結果はチョベリバかぁ?」
「なんか、いつもに増してテンション高くない?」
「え、わたしぃ〜? そぉ?」
夏目の問ににっこりと瑞穂は微笑んだ。

 ふと瑞穂は周りを見回し、言った。 
「そぉーいえば、ともみちゃんはまだ来てないのぉ?」
「まだ終わったばっかだろに。隣の教室のおめーと一緒にすんなよぉ」
「なぁーに新渡部はあれてんのよぉ。たかが中間試験ぐらいでぇ」
「別にあれてなんかねーよ。おめーがヘンなこと言ってっから言っただけさ」
「なになにそれぇ〜? まるで私がばかみたいな言いぐさぁ〜」
「はははっん。そぉじゃねーのか?」
軽く新渡部は笑ってみせた。すると、瑞穂はカバンを開け、新渡部の眼前に試験用紙を
見せつけるように突き出した。
「ふふふんっ。私は今回はめちゃくちゃ良かったのさ」
「あっ、そ。おめでと、ノー天気。外は雨だっていうのにいいなぁ〜」
「なによ、それぇ〜」
「まあまあまあまあ。二人とも抑えて」
苦笑しながら夏目が二人の間に手を出し、割って入った。
 ふいに後ろから声がする。
「へー。瑞穂先輩って、頭いいんですね」
「あら、ともみちゃん。やっほぉ〜」
微笑みを浮かべて瑞穂は手を振った。
 ともみは側の椅子を引いて座ると、呟くように言った。
「どうしたら、そんなに取れるんですか?」
「まぐれよ。ま・ぐ・れっ」
瑞穂はともみに軽くウィンクした。
 夏目がそんな瑞穂を見て、呆れたように言った。
「そーだよな。あれだけ遊んでて当然のように取れてたら、新渡部は浮かばれないよな」
「えーっ。瑞穂先輩、全然試験勉強しなかったんですか!?」
「あんまりね」
ほっぺをちょこっとかきながら瑞穂は苦笑した。
 すると、ぶすっとした顔をした新渡部が言った。
「全然だろ」
「ちょっとちょっとぉ。いつまでぶすっとしてんのよぉ?」
「別にぃ」
陽気な感じで言う瑞穂の言葉に新渡部は流すように応えた。
 不思議そうな顔をしたともみが言った。
「新渡部先輩、なんかあったんですか?」
「あ。気にしないで、ともみちゃん。ちょっと試験結果が悪かっただけだからぁ」
明るくあっさりと瑞穂は応えた。
 新渡部は壁により掛からせていた椅子を戻すと、机に肩肘をつき、ため息をつくと、
淡々と言葉を連ね始めた。
「前日まで、雨が降りゃ人んチでゲーム三味ハマりまくりで、晴れりゃあ晴れたで、折
角たまに晴れたんだからぁ〜と、人を朝っぱらから叩き起こしてくれて、どっか行って
んのにさ、フツー勉強なんてしてる時間なんてねーよなぁ。けど、オレは瑞穂みたく頭
よくないからなぁ」
「なによぉ、それぇー。まるで私が悪いみたいじゃない。どうせするつもりなかったく
せにぃ〜」
すこし憮然とした表情を瑞穂は浮かべた。
「おまえはやらなくても出来るからいいよなぁ」
 半端、やけっぱちのように聴こえる新渡部の言葉。その言葉が終わるか終わらないか
の時、瑞穂の顔が凄い剣幕になっていた。そして同時に、夏目はその瞳が潤んでいるの
に気がついた。
 急に瑞穂は両手で机を叩いて立ち上がった。
「たかが中間ぐらいでなによぉ!中間がダメだったら、期末で頑張ればいいコトじゃない!?
ほんちゃんで点が取れれば、別にいいじゃんっ!なによぉ、そんなの新渡部らしくないっ!!」
そう言い切ると、瑞穂は教室を飛び出した。
 慌てるようにともみが立ち上がり、呼び止めようと、叫んだ。
「瑞穂先輩っ!」
 しかし、瑞穂の姿はもうない。そして、新渡部の方を振り返ると、言った。
「新渡部先輩、ナニがあったんですか!? いくらなんでも、あんな言い方しなくてもい
いじゃないですか!!」
「そうか? 本当のコトを言っただけだけどなぁ」
軽く笑う新渡部。
 そこにボソっと呟くように、夏目は言った。
「追わなくていいのか?」
「別に大丈夫だろぉ。初めてのコトでもないしよ」
「そっか。目が潤んでたように見えたが、俺の錯覚か。悪い」
夏目は淡々と言葉を連ねた。
 すると、新渡部は机を叩くように突くと、そのまま立ち上がり、吐き捨てるように、
いった。
「わかってんよっ!」
 そして、新渡部も教室を飛び出した。

 教室に窓から、雨に濡れながら校門に向かって歩いている瑞穂の姿が見えた。そし
て、それを追うように玄関昇降口から、やはり傘もささずに、新渡部が飛び出してきた。
 新渡部が瑞穂の腕を捕まえる。だが、瑞穂は振り返って、その手を振り解こうとする。
二人はなにかを言い合っているようだ。そして、次の瞬間。新渡部は瑞穂の腕を引き
寄せるように引っ張り、そして、そのまま瑞穂を抱きしめた。そんな二人の姿が土砂降
りの雨で霞んでい
く……。
 その光景を見ていたともみが呟くように、いった。
「あの二人って……、やっぱり恋人同士なんですね」
 間を置き、夏目がぼそりと言う。
「それを認めさせたくはなかったみたいだけどな……」
「お互い、照れくさかっただけじゃないのかな……」
「かもね……」
 ともみは微笑みを浮かべて、静かに呟いた。
「私もあんな風になれたらいいな〜……」
 いつのまにか、雨は小降りになって、しとしととしたやわらかい雨粒になっていた。
  
  
  
  
  
  
  
  

 長かった梅雨が終わり、期末試験を無事に何事もなくクリアーすると、もう夏休みで
ある。しかし、この夏に遊んでしまうと「来年泣くコトになる!」と言われているのは
、巷では有名な話で、他聞にもれず、夏目も予備校の夏季講座とやらを受講しに行って
いた。
 冷房がガンガンに効いていた予備校の中から外に出る。夏の太陽が青空の高所から眩
しく照りつける。ひまわりの群れが大きな花を咲かせ、僅かにゆれている。そのひまわ
りの向こうから声がした。
「夏目くぅ〜んっ」
 手を大きく挙げて、振っている瑞穂の姿が見えた。そのすぐ側にはコンクリートの塀
によりかかっている新渡部がこっちを見ていた。

 二人のいるところに夏目は小走りに近付いていくと、ぶっきらぼうに言った。
「君たち、そんなトコでナニしてんの?」
「ナニって、お前を待ってたんだけどぉ?」
「俺を!?」 
 新渡部の応えに夏目は素っ頓狂な声を出した。
「おまえ、今日が夏季講習の最終日だろぉ?」
「そうだよ。よく知ってるね」
 そこに瑞穂の元気そうな声が割り込んできた。
「だっからさぁ〜、これからみんなでぱぁ〜っと遊びに行かない?」
「ちょうど、オレらの講習も今日で終わったしさぁ」
追随するように、新渡部は笑みを浮かべた。
 そこに元気の良さそうな可愛らしい声。
「ねっ!!」
と、夏目に迫るように、瑞穂は笑顔を見せた。
 一瞬、夏目はたじろいた。しかし、すぐさま気を取り直したように落ち着き払った風
な声で淡々と言った。
「きみらねぇ……。講習が終わったからといっても、受験が終わったわけじゃないんだぜ」
「そんなのわかってるってばぁ!」
 瑞穂はウィンクした。そして、急に声のトーンを替えて、言葉を続けた。
「たださぁ、そんなにいつもがんばってないで、一息入れよ!」
「………………」
夏目は一瞬言葉を失った。瑞穂の側にいる新渡部は頭をおさせて、笑いを堪えているよ
うであった。
 ボソっと夏目は呟いた。
「某珈琲メーカーのCMか……」
 笑いをかみ殺しながら新渡部は言った。
「最近、こいつ、このCM、気に入ったらしくてさぁ〜、なにかというと、すぐ使いた
がるだよなぁ。はっはっはっ」
「こいつ、か……」
フっと夏目は表情を緩めて吐息をもらした。

 夏目が目線を上げて正面を再び見ようとすると、いきなりそこには瑞穂の顔のUPが
あった。そして、不思議そうにしていた顔から怪訝そうな顔に変わり、夏目に聴いてき
た。
「なぁになぁに夏目くぅ〜んっ。その笑みはぁ!?」
「えっ、別に……。別になんでもないよ」
平静を装ったかのように夏目は応えた。
 しかし、その一瞬後、その装いは崩れ、今度は驚いたような、慌てた素振りを見せる
ことになる。
「せっんぱぁ〜いっ」
 今、夏目が来た方向から声がした。もはや聞き慣れたはずの声なのだが、夏目は驚い
たかのように慌てた。夏目にしては珍しいコトだ。それに対して、夏目の眼前の瑞穂と
新渡部が声に応えるように手を振っている。
 そして、夏目が遠慮深そうに、後ろを振り返った。けれども、そこには夏目の予想し
た声の主の姿はなかった。
(気のせいか……)
 吐息をつき、頭を掻いて、夏目は向き戻った。すると、振り戻った夏目の眼前に、と
もみの姿が飛び込んできた。
「こんにちはぁー」
「わあ〜!」
思わず夏目は声を上げてしまった。だが、夏目はすぐに平静を保っているように取り繕
うと、いった。
「なんで、ともみちゃんがこんなトコに?」
「あれ?言いませんでした?」
「ああ。たぶん……」
「そうでしたっけ? 私もココの夏季講座受けにきてたんですよ」
 ・・・                ・・・
「きてた?……ってコトは、今までもきてたの?」
「ええ。私も今日でおわりです」
ともみはにっこりと微笑んだ。
 感心したような表情を夏目は浮かべた。しかし、すぐにハッとした表情を浮かべ、
横目を新渡部と瑞穂に向け、いった。
「謀りましたね」
「オレはしらん」
新渡部は即座にとぼけた。
    
 クスっと瑞穂は笑うと、夏目に問いかけるように、いった。
「謀ったなっ、シャアっ!じゃなくてぇ?」
「超古う〜。何十年前のネタだよ」
「ねえ、先輩。それって、なんなんですか?」
「大昔のアニメのネタさ。最近、再放送でやってたんだけどな」
「ビデオやLDもでてっから、ともみちゃんも一回見てみなさいよぉ」
「はいはい、今日のおたくネタはそこまでぇ〜」
盛り上がりかけそうな所に、新渡部の冷めた声が割ってきた。
 瑞穂が表情を切り替えたように、夏目に質いた。
「そうそう。で、行こぉーよぉ」
「えっ!?これからどこかに行くんですか?」
なんとなく白々しく見えるような感じで、ともみは二人の顔を見て、きいた。
「あ、これから遊びに行こうかと思ってるんだけどぉ、あっ、ともみちゃんも行くよね
ぇ?」
「えっ。いいんですか?」
「そっんなぁ〜。ともみちゃんが行くって言って、悪いなんて言う奴いないわよねぇー
、夏目くんっ」
視線を瑞穂は夏目に流した。
 夏目は言葉に詰まった。そこに、新渡部が肩に腕をのせ、囁いてきた。
「今日はあきらめろよ。なぁ」
にっかりと新渡部は微笑んだ。
 つかれたような吐息を夏目はつくと、いった。
「やれやれ……」
 その声を聞くと、瑞穂は身構え、また某CMをまねて、声を上げた。
「よぉーーーーしっ、がんばってこぉー!」                                       
     
 そして、瑞穂はガッツポーズをして、気合いを入れた。が、新渡部は頭を抱えてしゃ
がみ込み、夏目は大きな吐息をついた。

          きら               まだ  
 夏の日差しの煌めく中、緑のポプラ並木の疎らな木陰のある道を歩いていく。夏目と
ともみのすこし前を新渡部と瑞穂は先行していて、二人はそのことに気づいていないよ
うに会話をしていた。
「やーっぱ、夏は海だよねぇ。湘南まで行こっ!」
「足はどーすんだよぉ? それに芋洗いに行ってもなぁ」
          ス   カ
「なっらぁー、横須賀っ! 八景島もあるしぃー」
「八景島なんて、なぁ……。それに芋洗いはかわんねぇーだろぉ。あっ、やっぱり、お
んなじ仲間だから、一緒に洗われたいのかなぁ? にゃははっ」
「ちょっとぉ、誰が芋よぉ!!」
「あっ。意味わかったんだぁ。げらげらげら」
「なんだとぉ、こいつぅ。ホントにそぉーいう意味で言ったのかぁ!!」
「ひゃはははっ。こいつ、本当に意味わかってなかったのかよぉ〜」
「うっさいなぁ、もうっ!」
「わーった、わーった。おまえのリクエストの海に決まりな。
ただ、芋洗いじゃなくて ぇ、ベイエリアで遊ぼうぜ」
「まだ言うかぁ。で、ベイエリアって、お台場ぁ?」
「あそこも芋洗いじゃねぇーけど、似たよーなもんだけどな。でも、近いしよ」
「おーけい、おーけい! 夏目くん達もそれでいーい?」
瑞穂は元気よく後ろを振り返った。だが、二人の姿は遥か後方にあった。
 新渡部もその事態にやっと気がついたようで、大きな声で二人を呼んだ。
「おーいっ! そんな後ろでナニやってんだよ〜?」
「ホントにそーだよぉ! 最近、夏目くん、つきあい悪いよぉ」
瑞穂は立ち止まって、夏目たちの方を向いて、腰に手を当て、叱責するように怒鳴った。

 夏目は苦笑いを浮かべて、ともみのほうを向いて、いった。
「毎度毎度こんなんじゃあ、なあ……。割り込めないよな。一緒にいてられないもんな」
「ほんっと、わたしたちの入る隙もないって感じですもんね」
クスっと、ともみは微笑んだ。

「二人で結界でも張ってんのかな?」
「あの、先輩。結界……って?」
ともみはすこし顔をひきつらせて、きいてきた。
 夏目はちょっとあわてた素振りを見せ、急いで言葉を継ぎ足した。
「ごめんごめん。つい……。だから、魔法陣みたいな……じゃなくて、ま、二人だけの
空間を作ってるみたいだな〜と……」
 そんな夏目の様相に吹き出すともみ。夏目はそれに気づくと、思わず疑問の声をもら
した。
「どっ、どうかしたの?」
「あ、ごめんなさい。なんか、あわててる先輩って、おかしくって」
「そっ、そうっ? 別に俺だって、な……」
「いえ、そういうわけじゃないんですけどね」
にっこりと、ともみはまた笑みを浮かべた。
 その顔に夏目は照れたように、あわてて弁解しようと言葉を吐いた。
「あっ、ほら、いつも、よく、瑞穂とこういうネタやってたからさ、なんかね……。今
までは、他の人と話してる時はこんなコトなかったのに、ヘンだな〜」
夏目は頭をかいて、笑って見せた。

 なにを思ったのか、瑞穂はクラウチングスタートの態勢をとって、ダッと走りだして
来た。そして、夏目の体に体当たりした。夏目は瑞穂を抱えるように体をかわすと、驚
いたように、いった。
「なにやってるんですか?」
 はぁはぁと瑞穂は息を切らしながら、微笑みを向けた。
「行き先決まったよぉ!」
「で、どこに?」
 こんろん
「崑崙っ!」
「なに、それで、鬼岩城でも探すの?」
「そうそう。人間の像を求めにねっ・・・なぁんてねっ」
 瑞穂はそう言うと、夏目を軽く突き飛ばして後退し、距離をとった。突き飛ばした夏
目の近くには、すこし困惑している表情のともみがいた。
「お台場っ! 流行のベイサイドに行くよぉーーーーっ!」

 やれやれといった表情を夏目は浮かべて、すたこら前方に小走りして新渡部をド突い
てる瑞穂の方に早歩きをはじめた。ともみもそんな夏目に着いて行こうと、夏目の腕を
ぎゅっと抱きしめて、歩を合わせていた。額をすこし、夏の日差しに汗ばませて。





 

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