SEASON 春の章

 その年の桜は早咲きだった。例年なら入学式の頃に合うかどうかだっていうのに、卒
業式の日にもう桜は咲いていた。
ーーー卒業式。それは学生時代を締めくくる区切りのセレモニーであり、同時に別れ
の時で
あったりもする。
「先輩っ。がんばって下さいね」
明るく送る後輩だろうか……。
「うおーーーーっ、今夜は呑むぞーーーー!!!」
「せっ、先輩っ!声がデカいっスよ〜」
今夜、卒業祝いの呑み会でもやる連中かな……。
 ふと、人気の閑散としている学校奥にある駐輪場に人影が……。
「先輩……。これ、受け取ってもらえますか?」
「あ、ああ。ありがとう」
「あっ、それで……、先輩の第二ボタンをもらえますか?」
「ああ、いいけど……」
 第二ボタンをむしりとる先輩。それを受け取る後輩。

         
 校舎の窓から遠目に彼らを見ていた新渡部が呟くように、いった。
「ふぅ〜ん……。今時まだあんな風習が残ってんだぁ……」
「来年は俺らがおんなじようなコトしてるかもしれないぜ」
「にゃははっ。まさか……」
新渡部はさらりと笑った。
「こればっかはわっかんないよ〜」
「夏目ぇ〜。お前、もしかして、そういうのに憧れてんじゃないのかぁ?」
「ふんっ。ま、俺にそーいうのが似合わないのはわかるけどよ」
「にゃははっ。なんだ、わかってるのかぁ」
「人生、もう長いからな」
「って、まだ十七年だろぉ?」
「人間界ではな」
「ぎゃははっ。おたくネタに走るなぁ〜」

 後ろから二人の間にふいに声が割ってきた。
「お待たせぇ〜」
「おうっ、瑞穂」
振り返った新渡部は陽気に応えた。それに対して、夏目は冷ややかに、いった。
「やっと来ましたね」
「夏目く〜ん、ごめんごめんっ。そー言わないでよ〜」
両手を合わせて瑞穂は軽くウィンクした。
 壁にもたれかかっている新渡部があっけらかんと言い放った。
「ま、いつものコトだ。瑞穂、気にすんなよ」
「うん。気にしてないよ」
「おいおい……」
顔を引きつらせて、夏目は苦笑いをした。
 明るく瑞穂は笑って、いった。
「あははっ。うそうそっ。それより早く行こーよ!」
「例のパスタ屋かぁ?」
 新渡部がそう言って足を踏み出す。それに着いて行くように夏目も足を踏み出し、い
った。
「しかし、ホントにおいしいの?そこ」
「まーかせなさいっ」
瑞穂は胸を叩いた。
 そんな瑞穂を横目に見ながら、新渡部は呟くように言った。
「おまえのそれはアテになんないからなぁ〜」
「それは言えるかも」
「金の浪費かぁ……」
「ちょっとちょっと二人ともぉ!信じてないわけぇ?」
憤懣とした顔で瑞穂は言う。
「まあ、行ってみればわかるでしょ」
「そうそう。それだから、夏目くんって好きよ〜。新渡部なんか、べぇ〜だ」
「でも、向こう行って、うまくなかった時にボロクソに言うのは夏目だぜぇ」
そう言って、新渡部は苦笑した。

 パスタを口に運びながら、新渡部が切り出した。
「そーいや、春休み。どうすんだぁ?」
「どーするって? 勉強するに決まってるだろ。来年は受験なんだし」
「あっ、あたしは旅行に行くつもりだけどぉ、夏目くんは行かないの?」
「なっ、なんで俺に聞くんだよ? 新渡部に聞いてやれよ」
「新渡部の予定はもう知ってるからいいの」
「あ、そ。ごちそうさま」
「ちょっとちょっと夏目くぅ〜ん。なによ、それっ?」
「そーだよ、夏目ぇ〜!」
「はいはい」
あきれたように夏目は応えると、苦笑いを浮かべた。
 気を取り直したように、瑞穂はまた聞いてきた。
「で、夏目クン。どーなのよぉ?」
「ちょっとわからないよ」
「さっき勉強するって言ってたじゃん。つまり、空いてんだろ?」
にこやかに新渡部は突っ込んだ。
「そりゃ、さっきはそー言ったかもしれないけどさ……」
 夏目が途中言葉を濁らせると、瑞穂はニタァ〜と笑って、いった。
「あー、夏目くん。デートでもするんでしょぉ?」
「なっ、なにを言い出すかと思えば」
ため息混じりに夏目が言うと、新渡部が驚いたように、きいた。
「いっ、いつの間に彼女なんてつくったんだよ?」
「だから、そんなのいないって……」
「なんだ、いないのかぁ……」
「悪いけど、今回はパスさせてくれよ」
とりあえず夏目はそう言うと、コーヒーカップに口をつけた。

 帰り道。夏目は軽く手をあげて、いった。
「じゃあな」
「あ、ああ」
横断歩道を一緒に渡らずに立ち止まった夏目に新渡部は軽く手を振った。夏目の家はこ
のまま少し真っ直ぐ行った所にある。
 明るい元気な大きな声を瑞穂は出して手を振った。
「んじゃあ、まった明日ねぇ〜」
夏目は軽く微笑みながらそれに応えた。そして、それを見届けたかのように二人は前
を向いた。するとすかさず、新渡部は瑞穂に言った。
「あいかわらづ恥ずかしげもなく、よくやるよなぁ〜」
「なんで〜? 別に恥ずかしくないじゃんっ」
「いや、オレが恥ずかしい」
「なんでよぉ〜」
「なんでも」
「なに、それぇ〜」
瑞穂は軽く新渡部に手をあげた。
 はた目に見ると、仲の良さそうなカップル。というところであろうか。夏目は二人が
視界から消えると、フッと吐息をつき、呟いた。
「彼女か……」  


 桜の花は散り、新芽が吹き出してた頃、春休みというものを迎えた。いよいよ今年度
、受験という関門にぶつかる。夏目は取りあえず図書館に日参していた。図書館の自習
室で勉強するために。
 道ばたのたんぽぽが綿帽子を付けていた。夏目はしゃがみ込んで、その綿帽子を取ろ
うとした。しかし、その眼前にか細い手が現れて、その綿帽子を茎のところから取った。
 ぷちっ。という音にならないような音が聴こえたように思う。夏目はフッと顔を上げ
た。そこには綿帽子を両手に持った少女が春の陽光の中で微笑んでいた。
 それは一瞬であったが、夏目がその光景を呆然と見ていると、少女はその視線に気が
ついたらしく、困ったような、なんともいえない表情を浮かべた。そして、急に、気を
取り直したように、にこっと笑みを浮かべると、手に持っていた綿帽子を夏目に差し出
した。
「先にとっちゃってゴメンなさい」
「いや、別に……」
 その綿帽子を夏目が受け取ると、少女は一歩下がって軽く会釈をした。そして、図書
館と反対方向に立ち去った。
 夏目はしばらくぼーとしていたが、ハッと気づいたように声を出した。
「あっ、そうだ。はやく図書館行かなきゃ……」
すこしあわてたように夏目は小走りに歩きだした。右手にはあの綿帽子をしっかりと握
りしめて。

 そして新学期。
「またおんなじクラスなのぉ?」
「ほっといてくれぇ」
新渡部は苦笑いして、瑞穂に言った。
「あんた達、結構離れられない運命だったりしてね」
そう言うと、瑞穂はクスっと笑った。すると、夏目はすかさず追句した。
「前世からのつながりってヤツか?」
「そうそう。前世は愛し合ってた男女だったりしてさぁ」
「で、それなのに、なんらかの事情で引き裂かれた二人……ってパターンか」
「でさでさ、秘めたる能力を持ってたりしてさぁ」
「水を操る力とか、風を操る力とかか?」
ノリのよさそうな口調で夏目はそう言って、軽く笑った。
 その二人の会話を割くように、イライラしたような口調で新渡部は言った。
「だから、そっちのネタはやめろって!」
「まあ、いいじゃないのぉ」
顔を引きつらせている新渡部を宥めるように瑞穂は微笑んで、いった。
 ぼそりと新渡部が吐息混じりに呟いた。
「瑞穂は別のクラスか……」
「そうそう。隣のクラスだけどね」
親指を隣の教室の有る後方に向けて応えた。
 その二人を見て、夏目は納得したような顔をして、いった。
「はっはぁ〜ん。それで、新渡部はさっきからカリカリしてるのか」
「なにバカなこと言ってんだよ。夏目ぇ〜」
 奮然と夏目に新渡部は突っかかった。そんな新渡部に夏目はすこし後ずさりしながら
言った。
「新渡部〜。そんなに怒るなよ」
「別に怒ってなんかねぇーよ」
「んじゃあ、ムキになってるのか」
「あんだとぉー?」
新渡部は机を両手で叩くように立ち上がった。
 が、その時、教室の中から廊下に身を脱していた夏目は身体を反転して、逃げようと
した。しかし、夏目は次の瞬間に足を止めてしまった。おかげで新渡部に夏目は捕まっ
た。
「てめぇ〜、ナニほざいてんだよぉ〜」

新渡部は顔を引きつらせながら夏目を羽交い締めにして、どついた。けれども、夏目は
抵抗どころか、なんの反応も見せない。
 そんな新渡部の頭を瑞穂が近付いてきて丸めた束のプリントで小突いた。
「な〜にあほなコトしてんのぉ」
「あたっ」
 新渡部は手を離した。だが、夏目は呆然としていたままだった。新渡部と瑞穂は不思
議そうに呆然としている夏目の視線を追った。そこには制服を整然と着た後輩らしき少
女がいた。夏目が少女に呟くように言った。
「君は……、たしか図書館の近くで……」
「やっぱり先輩だったんですね」
その後輩はそう言うと、にっこりと微笑みを浮かべた。
 夏目の背中にのっかる様に瑞穂はもたれかかってきて聞いてきた。
「ねぇねぇ、夏目くぅ〜ん。だれ、あのコ?」

 横から新渡部がふいに言った。
「あれっ!?伊藤じゃねーか!!」
「あっ。新渡部先輩、おひさしぶりです」
「うちのガッコにきたのか〜」
新渡部は意外に思っていたような声を出した。
 夏目はすこし戸惑った表情を新渡部に向けた。
「に、新渡部っ。知り合い?」
「あー………。えーーーーーーっ!?」
一瞬納得したような顔をした夏目だが、急に驚きの声を上げた。
 にっこりとともみは微笑んで、夏目に面と向かうと、言った。
「先輩、わかりませんでした?」
「いや……」
とっさに話され、夏目は言葉に詰まった。
 すると、今度は、微笑みを残したまま、すこし小悪魔のように悪戯っぽく首を傾け、聞いてきた。
「私、かわりました?」
「う、うん……。すっかり可愛くなっちゃて、誰かと思ったよ」
「あっ。じゃあ、前は可愛くないと思ってたんですか?」
「そっ、そんなことはないよ。ただ……」
「ただ……なんですか?」
笑顔で追求するともみ。
 それに対し、夏目はトボけたように、さらりと応えた。
「なんでもないよ」
 それを聞くと、ともみはほっぺたを膨らませて、怒った素振りを見せた。
「あっ、ひっどぉ〜いっ」
 夏目は一瞬、あわてたような態度を見せた。そして、開き直ったかのように、奮然と言葉を返した。
「そっ、それより、図書館近くで会った時のあの態度はなんだよ!」
「気がつかない先輩が悪いんですよ〜」
ともみは口に手を当て、うれしそうに笑ってみせた。

 二人のやり取りを聴いていた瑞穂が新渡部に囁くように質した。
「ねェねェ。あの二人って、どんなカンケイなの?」
「さぁ? 先輩と後輩だろ」
「先輩と後輩ねぇ……」
瑞穂は不思議そうに呟いた。
 春の生暖かい風が窓の外から吹き込んで、廊下の埃を舞わせていた。


  


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