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SEASON 冬の章

    

 木枯らしが吹き、霜が降りる。オーバージャケットやジャンパーに身を包んで、
マフラーを巻いている生徒達が、寒そうに校門を通過して、校舎にはいる。教室には
ストーブが焚かれていて、コートを脱いだクラスの女生徒が囲むように集まって、
談話していた。
  そのストーブのある反対側の窓側に夏目の席はあり、そこで黙々と赤い表紙の
問題集の答え合わせをしていた。
「共通マークは受けねぇのかぁ?」
「受けるよ」
新渡部の問いに、別に視線を変えるわけでもなく、机上の問題集と答案を凝視したまま、
夏目はあっさりと応えた。
 頬杖を新渡部はつくと、きいた。
  そ  っ  ち
「共通マークのほぉーはやんなくていいのかぁ?」
「もう散々やったから、いいんじゃないかな」
「ほぉ〜。今回は随分と余裕じゃんっ」
「余裕なんかないよ。推薦落ちてるし」 
「だから、その推薦受ける前と違って、余裕があんなぁっと」
 問題集の答案ミスを見つけ、夏目は呟いた。
「あれ?ココはこうじゃないのか……」
そして、すぐさま、新渡部の言葉に気がついたように、あっさりと返事した。
「あ、そお?」

 ぼやくように新渡部は言った。
「やっぱりぃ、瑞穂のおかげかなぁ……」
「なに言ってるんだよ。そんなことより、おまえも自分の勉強しろよ」
「はいはい……。おっ、うわさをすれば、なんとやら……」
「え!?」
夏目は新渡部の言葉に、初めて動揺した声をもらし、顔を上げた。
 顔を上げた夏目の視野に、陽気そうに手を振り、近づいてくる瑞穂がいた。
「やっんほぉ〜! 調子はどう?」
椅子に腰掛け、机の上に荷物を置くと、そのまま後ろの夏目の机上を見た。
「うんわぁ〜、もうこんなに進んだのぉ!? すっんごぉ〜いっ!!!」
「そんなことないよ。まだまだ……」
 瑞穂は上体を起こすと、あきれたように言った。
「あいかわらづねぇ〜。無理すんなよぉ〜」
「ご気遣い、どうも」
丁寧に夏目は会釈して、見せた。


 横から口を挟むように、新渡部が言った。
「なぁ、瑞穂ちゃん。オレのは見ないのぉ?」
「どぉーせやってないんだからいいじゃんっ」
「ひっでぇ。一応はやってるんだぜ。ほれ」
そう言うと、新渡部はノートをぱらぱらっと見せた。
 新渡部の筆箱から赤鉛筆を取り出して、瑞穂はすぐさまチェックした。
「どれどれ……。これバツ、これ計算ミス、これもか、あ、これもだぁ」
 瑞穂はちらっと横目で新渡部を見た。新渡部はそれにすぐ気づき、いった。
「なっ、なんだよ、その目はぁ」
「ホントぉにやってんのぉ? 全然進歩してないじゃないのぉ」
「あ、グサグサくるお言葉……」
そういうと、新渡部は苦笑した。
 ため息をついて、新渡部の方を向いた瑞穂は飽きれたように、言葉を吐いた。
「まぁ、使おうとしてる公式は合ってるから、解ってはいるんだろうけど、いつまでも
そんなんじゃ、終わりかもよぉ」
「ひっでぇ〜。そこまで断言するかぁ」
「別に断言はしてないわよ。かもよって言っただけよぉ。あとは、新渡部くんの努力し
だいかなぁ? 努力できないのは知ってるけどさぁ」
「しつれいな奴だなぁ〜。春に後悔させてやる」
「なんで後悔するのよぉ? ふふんっ。合格したら、頭なでてあげるからぁ、あははっ」
「オレは犬かよぉ!」
 そんな新渡部と瑞穂のやりとりの中、夏目の咳払いが割って入った。二人の会話が止
まり、二人の視線は夏目に向いた。すると、夏目はその視線に気づいたのかどうかわか
らないが、その場を取り繕うような口調で話を切り出した。
「あ、あのさー、瑞穂、ココがちょっとわからないんだけどさ……」
「え? どこどこぉ〜?」
 瑞穂は新渡部の席を離れ、夏目の机の方へ行った。
「ここの問題なんだけどさ……」
「あー、これはさぁ……」
ノートに瑞穂は色々と書き上げる。夏目はそれを見ている。
 ふと、なにかを思いだしたかのように、夏目に瑞穂は訊ねた。
「そういえばぁ、最近、ともみちゃん、どうしてるぅ?」
「………………」
 いつもは平静としている夏目の表情が変わった。
「でさぁ、この数値をxに代入すると……、聞いてるぅ?」
瑞穂は呆然としている夏目を見て、言った。
「あ、あー、ごめん。えっと、なんだっけ?」
「大丈夫ぅ? 無理してないよねぇ?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
 突然、新渡部が窓の外を指さして、呟いた。
「あれぇ ともみちゃんじゃないかぁ……」
「えっ……」
「あ、ホントだぁ!」
 瑞穂はそう言うと、すぐさま立ち上がり、窓を開けた。そして、大きな甲高い声で彼
女の名前を呼んで、瑞穂は大きく手を振った。
「とっもみちゃーーーーんっ」

 葉をなくして、枝と枝の間を閑散とさせている樹々の向こうに、紅のマフラーをコー
トの衿に埋めて着ている女の子。確かに、ともみだ。
「あっれぇー、おかしいなぁ。きこえてないのかなぁ?」
 瑞穂は不思議そうな顔をすると、もう一度大きな声を上げて、ともみの名前を呼んだ。
けれども、ともみは振り向くどころか、何も気がつかなかったように、校門から校外
へと消えていった。


  
 新渡部は背伸びをすると、開放感溢れるような声を出した。
「あ−−−、明日で今学期も終わりだぁ〜」                                          
「そして、いよいよクリスマスイヴっと!」
相変わらず、元気よさそうに、瑞穂は追句した。
「あ、明日、クリスマスパーティでもやろうぜっ!!」
「いいね、いいねぇ〜。新渡部くんもたまにはいいコト言うねぇ〜」
「にゃははっ。誰かさんのおかげでね」
 そこに相変わらずの淡々とした口調で夏目が言った。
「そんなことしている余裕あるのか、新渡部?」
「たまには息抜き息抜き!」
軽く苦笑いを浮かべて、新渡部は応えた。
 元気の良さそうな明るい声で瑞穂はいった。
「そっそっ。持久戦なんだからさっ。もちろん、夏目もよぉ!」
「しかしだね……」
「そんな呆れた顔すんなよ、夏目ぇ〜。それに、こないだの模試の結果も見たろ」
「でも、あれは所詮模試だしな……うわっ!」
 言葉途中、突然大きな声を出して、夏目は仰け反った。夏目の背中を瑞穂が指でなぞ
ったようだ。そして、背後から瑞穂は夏目に負ぶさるように抱きつくと、言った。
「ホントは自分が不安なんでしょぉ。そういうトキは気分転換したほーがいいってぇ」
「そんなことはないよ……」
「それともぉ、私と二人っきりがよかったぁ?」
「………………」
 瑞穂の甘ったるそうに言う魅惑的な言葉に、夏目はすこし黙り込んだ。すると、呆れ
たように新渡部は頭の後ろに手を回して、言った。
「そっかそっかぁ、オレはお邪魔虫なわけかぁ」
「新渡部、おまえ、なに言ってんだよ!」
「ちがうのぉ? なら、いいじゃんっ! よしっ、決まりぃ!!」
そう言うと、新渡部はニカっと笑った。

 その年のイヴは生憎の曇り空だった。そんな空を見上げて、身を震わせて、夏目は呟
くように言った。
「今日は雪でも降りそうだな……」
 入り口に小さなリースの飾られている扉を夏目は開けた。すると、心地の良い鐘の音
が鳴り、雑然とした店内の風景とその店内で流れているクリスマスソングが飛び込んで
きた。「夏目ぇ〜! こっちこっちぃ!!」
店の角地に席を陣取っていた新渡部が手を上げて、夏目を呼んだ。
 メキシコかアメリカ西部あたりにありそうなバーテンと居酒屋を足して3で割ったよ
うな店内。その店内にあるクリスマスイルミネーションに飾られたツリーがあり、その
陰に隠れそうな位置から、新渡部は呼んでいた。
 テーブルに近づくと、ジャンパーを脱ぎ、相変わらずのそっけなさそうな声で夏目は
言った。
「お待たせ」
「お待たせじゃねぇよ。おせぇよ」
「悪い悪い」
 ツリーの陰から瑞穂が顔を覗かせて、いった。
「ホントに悪いと思ってんのぉ?」
「一応ね」 
 そう言って、夏目は椅子の背もたれにジャンパーをかけ、席についた。一瞬後、いつ
もの夏目の表情がすこし崩れた。
「先輩、こんばんは……」
                                   はすむ
 ツリーで席に着くまで死角になっていた奥の席、丁度夏目の座った椅子の斜向かいの
椅子にともみが座っていて、なんとなく遠慮気に会釈をした。

「なっ、なんでココにともみちゃんがいるの!?」
内心慌てていた夏目は、思わず口をすべらせた
 その夏目の言葉を耳にして、ともみは戸惑ったような態度を見せた。
「な、なんでって……」
「オレが呼んだんだけど、なんか困んのかぁ?夏目ぇー」
新渡部はぶっきらぼうに割って、言った。
 ちょっと険悪な空気が新渡部の方から流れてくる。凍てつくような視線で、新渡部は
夏目を捉えていた。けれども、夏目はいつものような口調で、いった。
「おい、新渡部ー。なに言ってるんだよ?」
「それはおまえのほぉーだろがぁ」
「俺は、別に……。あんまりにも久しぶりだったから驚いただけさ」
「ふぅ〜ん……。さっき、瑞穂もおんなじコト言ってたよ」
「あ、そうなんだ……。いや、本当に久しぶりだよね」
                                       うわず
あくまで、いつものように平静を保とうとするが、夏目の声はすこし上擦っていた。
 その会話の間、ともみはずっと夏目の方を見ていた。が、夏目は、前髪で目線を隠す
ように俯きかげんで、その視線から逃げているような感じにも見えた。
 新渡部はまるで絡むように言葉を続けた。
           そ
「夏目ぇ。なんで、目ぇ逸らすんだよぉ」
「別に逸らせてないだろ」
「オレにじゃねえよ」
「おまえと話してるんだから、そりゃ……」
「もうやめない」
突然、瑞穂の声が小さく割って入った。二人の会話もその声で休止した。
 瑞穂は言葉を続けた。
「折角ぅ、大事な時期の大事な時間を、裂いて、潰して、やろうってんのにさぁ……。
それなのに……」
「そうですよね……」
テーブルの奥の方から聞こえるか細い声。
「そうですよね。先輩たちは本当はこんなことしてる時間なんてないんですよね……。
それなのに……。ごめんなさいっ」
ともみはそう言うと、急に立ち上がり、どこかに行こうとした。
 瑞穂はそれにすぐ反応し、立ち上がった。
「あっ、待って!ともみちゃん、そーいう意味で言ったんじゃ……!!」
 しかし、ともみの体は止まらない。目から溢れるものをこぼし、逃げるように店をで
ようとした。が、その進路に夏目がいた。
「ごめん……。どう言えばいいのかわからないけど……」
どことなく申し訳なそうな口調で夏目は言った。
 その時、ともみは瞳を潤ませたような気がした。そして、倒れ込むように夏目の体に
埋もれた。啜り泣いているようなともみの嗚咽が響く。

 辺りの喧騒が一瞬止まった。それにすぐさま気がついた瑞穂は、途端に、いつものよ
うな明るく元気そうな表情に変え、元気良く言った。
「ほらほらぁ〜、いつまでつっ立ってんのよぉ。はやく注文しよっ」
 そして、厨房の方に向かって手を上げて、元気な大きな声を上げた。
「すみませぇ〜んっ」
 店内は何事もなかったかのように再び各々が各々の会話を始め、賑やかさを取り戻し
た。夏目はほっと息をつくと、言った。
「今日はクリスマスイヴなんだよ」
軽く抑えるように夏目はともみの肩を抱いた。
「今日は楽しもうよ」
そう言って、ともみを自分達のテーブルまで誘導し、椅子に腰掛けさせた。そして、反
対側の椅子に夏目も腰掛けた。すると、店員が注文を取りにきた。

 
  
 

To be continued Spring AGAIN.