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室内音響測定

 オーディオルームのページにも書きましたが、室内音響の測定はオーディオルーム完成以来の課題でした。工事完成後1年以上も経ってしまったのは、オーディオ機器の方に時間が取られてしまったことも要因ですが、最大の問題は安価なソフトウェアの入手でした。日経アドバンテージ(企業経営の月刊誌、すでに廃刊)の記事に紹介されていたPRAXISが一番良さそうでしたが、測定用マイクやサウンドカードも含めて一式揃えると15万円かかります。オーディオ機器と異なり、毎日使うものでもなく、特に今回の使用目的はオーディオルームの設計時に検討したことがはたして思惑通りにできているか否かを調査するためであり、もしかしたら一度しか使わない可能性もあります。そんなことで延び延びになっていたわけですが、最近ようやく安価なソフトを見つけました。
 それはMySpekerという自作スピーカ測定プログラムで、測定用マイクは必要ですが、サウンドカードはPC内蔵のオーディオカードが使えます。もっとも、PC内蔵のオーディオカードのサンプリングレートは48KHzですが、本格的な外付けオーディオカードの場合は192KHzで、SACDなど高域特性まで測定の対象とするソースの場合は断然有利です。ノートPC用のUSB接続のものでも96KHzです。いいかえれば、PC内蔵カードでは高域の測定は期待できないということですが、部屋の影響は中低域ですので、この程度で何ら問題ありません。ということで、ソフトウェアのライセンス料5000円、マイクとプリアンプも加えた所要費用は全部で2万円でした。これなら気軽にトライできます。


 このMySpeakerですが、残念ながらメンテナンス上の理由とかで、公開中止となってしまいました。幸いインストールしたソフトはそのまま使えますので支障ないのですが、このような良心的なソフトが使えないのは残念です。(2021年10月追記)


 さて、測定結果ですが、まずは周波数レスポンスです。下記がその波形でマイクはいつものリスニングポジション、つまりスピーカの前面かつ左右の中心から約2.5mの所です。ご覧のとおり、意外にフラットな特性となっています。もちろん細かく見ると気になるところもありますが、全体の印象としては非常に優れた特性です。10KHz以上の高域でレベルが落ちているのはマイクの高域特性のためです。

注目すべきは、90Hzの盛り上がりと200Hz近辺の凹みです。念のため、ピンクノイズでも下記のように同様のレスポンスとなっています。ちなみに、F特の測定にはホワイトノイズ、ピンクノイズ、クロマチック、インパルス、およびサインスイープが選択できます。

 この原因を探るべく、右側と左側のスピーカをそれぞれ独立に鳴らして測定したのが下記で、黒は向かって左側のスピーカのみ、赤が右側のスピーカのみ鳴らした時の伝送特性です。もちろん両者のスピーカ自体の差もありますが、部屋の影響に比べれば無視できるレベルです。250Hz近辺の落ち込みは明らかに右側の方が大きく、どこかが共振している可能性があります。(後日談:スピーカのセッティングのページに記載しましたが、この200Hz近傍の凸凹も定在波によるものであることが定在波シミュレーションの結果確認できました。確かに壁などの共振を引き起こすほどの大音量ではありませんし、壁などの共振であればこのような狭帯域での凹みではなく、もっと広帯域な現象として表れるように思います。)

 一方、90Hzの盛り上がりは定在波の影響ではないかと思われます。定在波の抜本的対策は部屋を作り直すか、レゾネータを設置するしかないのですが、90Hzとなればかなり大型ですし、そこまでやらなくとも気になる帯域ではありませんし、むしろ低域を補強するように作用していると考えられます。後で出てきますが、部屋の遮音特性を測定すべく、音源として使ったキルゲエフのストラビンスキーの春の祭典では明らかにこの影響ではないかと思われる90Hz付近の盛り上がりが見られます。


 次はエネルギー時間応答測定ですが、このMySpeakerはもともとスピーカの測定に使うべく開発されたものですが、室内の残響時間の測定もできます。他のソフトはインパルス応答からマニュアルで計算するものが多く、その点、これは非常に便利です。下図は室内残響時間の測定結果です。吹き抜けの部分は吸音材を張ってありますのでこの程度となっていますが、吸音材を張る前はかなりのエコーが実感できましたので数KHzの近辺の残響はもっと長かったと思われます。それでも0.4秒近いので、通常の部屋よりは長めです。なお、黒のラインと赤のラインは、二階の窓を閉めた場合(黒)と、開けた場合(赤)で、わずか畳一枚の大きさとはいえ反射板の有無は大きく、残響時間には明確な差が認められます。この違いはもちろん聴感上も認識できます。石井式リスニングルームで反射部と吸音部の面積を変えた場合も同様の違いが出るのは容易に想像できます。100Hz〜500Hz近辺が相対的に短くなっていますが、これはF特の特徴とも合致し、天井の吸音材が予想以上に効いている可能性があります。

    

 測定で一番苦労したのは遮音特性です。これは音響解析ソフトを入手して真っ先にやりたかったことですが、部屋の中の音圧レベルは当然制限があり、ましてや正弦波のような連続的な音を高いレベルで再生するとスピーカが飛んでしまいます。となると、部屋の外はかなり低い音圧レベルでも検出できるだけのSNが確保できる状況でないと測定不可能ということになります。そのことを考慮して、最初は音楽CDをソースとして使いました。下記は先に記載したキルゲエフの春の祭典で、優秀録音で話題になったCDで、オーディオフェアなどでは今でも良く使われます。使ったのは2トラック目で、1分20秒後にバスドラの強烈な一発がドスンとくる部分です。MySpeakerはこのような別ソースの測定用にリアルタイムアナライザーの機能を有しており、これを使って部屋の内外でのレベル差を計測することにしました。

 バスドラの一発は恐らく40Hzのピークで、90Hzの山は部屋の影響によるものと思われます。これは部屋の入り口にある防音ドアから70cmのところで測定したもので、当初はこれと部屋の外側で測定したものとを比較しました。ところが部屋の内外でのレベル差が防音ドアのカタログ値に比べてかなり良く、この方法では正確なデータが得られないことがわかりました。原因は、音楽ソースのようにランダムなソースで音源のエネルギーを正しく測定するにはピーク値ではなく、ある程度の時間で積分するような処理が必要となるためのようです。


【追記】レスポンシブ化のチェック時に気づきましたが、測定結果の赤と青の線の説明がありません。こういうのはその時に書いておかないと、すぐ忘れてしまいます。MySpeakerのマニュアルでチェックした結果、赤はピーク値、青は平均値でした。この場合はピーク値(赤線)の数値を比較をしています。(2021年10月)


 この反省に基づき、やはり正弦波のスイープを音源に使う必要があると判断し、信号音発生ソフトを探しました。見つけたのはテスト信号発生ソフトというフリーソフトですが、信号発生用に使ったもう一台のPCのオーディオカードが良くないせいか、ノイズがひどく、正弦波にホワイトノイズを重畳したような音がでます。高価なオーディオ機器でこのような信号音を鳴らすに忍びなく、ならばテスト信号発生CDということで見つけたのが秋月電子通商のオーディオテストCD。これはノイズもなく、日本オーディオ協会が販売しているオーディオチェックCDとほぼ同様な内容のもので、値段は6分の1です。

 このサインスイープの波形と、最初のMySpeakerによる測定結果と比べると、当然のことながら似通った特性ですが、こちらの方が乱れは少なく、よりフラットです。ようやく遮音特性が計れる環境が整ったところで、音楽ソースの場合と同様、まずは防音ドアの内側と外側でレベル差を求めました。下の二つのグラフが防音ドアの内側(上)、および外側(下)の測定結果です。ドアの内側の測定ポイントはスピーカのやや後方ですが、低域が持ち上がっているのは部屋のコーナーに低音が溜まり安い現象の現われと思われます

 これらの二つのグラフから特定周波数における差分をプロットしたのが下記のグラフです。青の折れ線が測定値、赤の線が防音ドアのカタログ値です。これはトステムの製品ですが、生活防音と称する25dB仕様のもので、屋内の部屋のドアとしてはこの程度で十分だろうと考えて選定したものです。ほぼカタログ値に近い値が得られており、遮音特性の測定方法としてはこれで良さそうです。実は室内とはいえ、この測定も周りが静かになった時を選んで取得できたもので、これが屋外となれば、無風かつ深夜でないとまともなデータが得られそうもなく、二重窓の遮音特性の測定はまだできていません。

 音響測定に限らず、データのばらつきは必ず存在しますが、音響の場合には絶対レベルの大きさが遮音特性のような相対的な測定値に影響します。これは音楽CDの場合のみならず、サインスイープのようなある程度一定のエネルギーが得られる条件でも同じです。防音ドアのカタログ値との差異が気になり、屋外での測定を試みた後、再度防音ドアの遮音特性を測定したところ、このグラフより10dB程度悪い結果となりました。
 原因は音圧レベルが高すぎ、室内側がクリップしていたようで、レベルを下げて再度測定したところ、下図のような、滑らかなデータが得られ、防音ドアについてはこれら二つの結果から見ても、かなり真値に近い値が得られたのではないかと思います。


 季節も秋になり、隣家のエアコンの音も気にしなくてよくなった頃、ようやく屋外の測定ができました。我が家は道路からオーディオルームの壁面まで60cm位しか離れていないので、塀にマイクを設定しても窓からの距離は最大60cmということになります。従い、部屋の内側も窓から60cmの所で、窓に対象に向き合うように設定しました。下図がその結果で、上のグラフが室内、下のグラフが屋外です。屋内のマイクの向きはスピーカと直角とはいえ、距離は1.5m程度なので、再生レベルを上げるとウーファによる風圧の影響がでます。一方、レベルが低いと屋外でのレベルが低すぎて、レベル差の測定ができません。下図は何回かトライしたうちで最も設定条件の良いものです。

 これらのグラフを比較するとわかるように、低音域の波形はほぼ相似形になっており、外部ノイズの影響を受けていないことがわかります。何しろ道路に面しているので、自転車が通ってもこれよりレベルが高く、道路の反対側の家で風呂に入る音でさえ影響します。逆に言えばそれだけ内部の音が窓で減衰しているということで、それは両グラフのレベル差を見てもわかります。下図は防音ドアの場合と同様に、これらのレベル差をプロットしたもので、窓に使った、スペーシアという真空二重ガラスの特性も赤のラインで示してあります。

 オーディオルームの窓はスペーシアを入れたサッシの内側にもう一組のサッシをいれて二重にしています。スペーシアのカタログより良い値となっているのはこのためです。スペーシアは3mm×2枚ですが、内側のサッシには5mmのガラスを使いました。250Hz以上では10dBの差があり、予想以上の効果が見られます。オーディオルームを作るときに窓部の遮音は35dBを目標にしましたが、十分クリアしています。ただし低音域は予想通りほとんど効果がなく、低音を遮音するには窓のないコンクリートの箱にするしかないということがこの結果からも納得できます。壁の部分の遮音特性は測定していませんが、聴感では窓部と差は無く、木造住宅の場合には低音域の吸音を気にしなくても良い、つまり外部に漏れてしまうということを改めて認識しました。スピーカの設計でも低音をどこまで出すかで価格が決まるように、オーディオルームも低音の対策が構造や費用を左右するということです。(2007年10月)