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ANKHの導入

 オーディオルームの調音については、2010年8月にロックウールをスピーカの背面壁のコーナーに設置したのが最後で、この状態で2014年までの4年間手をつけずにいました。やや音場がこじんまりする感じは否めませんが、コーナーに設置した吸音材の効果で落ち着いた響きが得られ、特に気になるところがなかったというのがその理由です。一方で、雑誌の記事、あるいはオーディオショーなどで気になるものがあると、それを試したくなるのがオーディオマニアの常で、きっかけはお馴染みのステレオサウンドの191号の記事、「導入白書 2014」の黛氏のANKHの紹介でした。ANKHというのは、日東紡音響エンジニアリング(ちなみに我が家の吸音材もこの社の製品です)が、AGS (Acoustic Grove System) と称して製品化した、柱状の拡散体のことです。単に太さの異なる柱状の棒を並べただけのものですが、確かにこの構造は音が乱反射するのは間違いなく、吸音はしないものの、定在波の低減に効果があることは容易に想像できます。その後、サイトで調べたら、オーディオアクセサリーを発行している音源出版が運営するPhile-Webというサイトに、このANKHに関する多くの導入記事が記載されていました。これらの記事を読む限り、吸音材に頼らないでコーナーに低音が溜まる現象を改善できるのはこれしかないと思われます。問題はとても高価なことで、たかが柱を並べただけなのにべらぼうと思える値段がついてます。

 黛氏の記事では、導入にあたってまずテレオンでの試聴会で効果を確認し、その後、今度は自宅で、具体的な設置計画に基づく試聴を実施したとあります。テレオンはこのHPでもたびたび取り上げており、ならばということで、同店経由で視聴を申し込みました。拙宅の場合にはスピーカの背後はすでに調音パネルで報告したMCSのパネルを設置済みであることに加え、奥行きが20cmもあるシルバンやANKHを置くスペースがありません。加えて、ANKHはコーナーに設置した吸音パネルの代替えとすることが狙いですので、ここはコーナータイプのANKH絞って試聴することにしました。視覚的にもそれが一番落ち着きそうです。
 試聴は7月9日で、先のPhile webにもよく登場する日東紡音響の山下氏が、3つに分断されたANKHを携えてテレオンの社員とともにやってきました。当日は7月にしては凌ぎやすい気温でしたが、それでも重労働のため、試聴はやむなくエアコンをつけたままで行いました。

 まずは、コーナーに設置した、既存の吸音パネルをつけたまま行いました。その状態でも低域の抜けが良くなることは一聴してわかりました。ただ、全体としては、さほど響きが良くなる感じはなく、木による反響というイメージはありません。山下氏によれば、やはり吸音材の影響が大きいということで、吸音パネルを部屋の外に出して、ANKHをコーナーの両壁に接するように設置して、再度試聴です。オーケストラなど、確かに広がりが感じられ、全体のバランスが良くなりました。ただ、圧倒的に良いかと言われると、今までの聴き馴染んだ音場との差が大きく、ちょっと違和感がしたもの事実です。自宅に持ち込んでの試聴は、もちろん店頭での試聴に比べてはるかに良い条件で判断ができますが、それでも、その違いが果たして好ましい変化なのかどうか、という点に関しては即決は困難です。これは、現在の状態はいろいろ試行錯誤してきた結果であり、響きの程度や音場の大きさなど、それなりに自分の好みを反映したものですから、当然のことです。試聴時に使ったソースは、ヘレヴッヘ、シャンゼリゼ交響楽団のシューマン、リヒャルト・シュトラウスのバラの騎士抜粋、アリス・オットのベートーヴェンなどですが、吸音材を外した状態で、シューマンが奥に引っ込み、まるで位相が反転したかのような音場になりました。その原因は良くわかりませんが、ANKHを外した状態でもまったく同じでしたので、明らかに吸音材を外したことによる変化ですが、山下氏によれば、吸音材を使うと音が前に出てくるといいうのは良く知られた事実だそうで、それが要因としても、ちょっと聞くに堪えない状態でした。

 もう一つ気になったのが、リヒャルト・シュトラウスのばらの騎士。このCDはスタジオ録音なのですが、なぜか歌手が左側に寄っています。ライブならあり得ますが、スタジオ録音では再生側の問題と捉えるべき現象です。ただ、これは今回の試聴に限った話ではなく、以前から感じていたことなのですが、ポイントは、ANKHを使ってもその問題が解決できないということです。もちろん、吸音パネルに比べて、全体としてのスケール感は大きく改善されます。これは音場の広がりと、音の抜けの良さに起因することと思われます。
 試聴は2時間程度で、その後、吸音パネルをつけない状態でしばらく聴いてみましたが、音がスピーカの背後にまわり、ANKHが無くても音場は広がりますが、奥に引っ込んだ感じで、違和感があります。吸音パネルを元に戻すと、スケール感は減じるものの、音が前に出てきて、しっとりとした好ましい鳴り方をします。

 そんなわけで、ANKHの可能性を感じるものの、試聴当日にすぐ決断するということにはなりませんでした。シューマンで位相が反転したような音場となった原因として無視できないのが、イコライザーです。当日の試聴は、イコライザーの設定はいじってませんので、当然のことながら位相に影響します。吸音パネルの有無は特に大きいようで、試しに、イコラーザーをバイパスすると、位相が反転したような感じは無くなりました。そうなると、ANKHの試聴にも影響しているはずで、ここは割り引いて判断する必要があります。
 オーディオについては、パワーアンプのA-70が発売され、これはA-200の後の開発という位置付ですから、当然気になる存在です。A-70へのグレードアップか、ANKHかしばらく迷っていた矢先に、たまたま以前の職場から、再度業務支援の要請があり、これは渡りに船とばかり、ANKH本来の特質を最大限生かした音場形成に挑戦してみることにしました。気になったのは、上下の黒色塗装された板で、これはかなり目立ちます。どうせなら柱と同じクリア仕上げが良いなと思って相談したところ、それなら標準と同じ価格でできるとのことで、写真のような高さ180cmの製品を購入した次第です。実際にコーナーに設置してみると、結構存在感がありますが、黒色塗装のように目立たず、さほど違和感はありません。

 ANKHの納入は9/10で、導入後はまず試聴時に問題となったイコライザーの再調整と思っていましたが、これがまた不可解で、そのままの状態でまったく違和感がありません。結局、ANKH導入前のまま聞き続け、約一ヶ月後にようやく再調整をしましたが、その時に測定したのが下記のグラフです。上側はANKH導入前、下側がANKH導入後です。これはリスニングポジションでの周波数特性の比較ですが、右チャンネルの200Hz辺りで改善されていることがわかりますが、大きな違いはありません。

ANKH設置前(左)

ANKH設置前(右)

ANKH設置後(左)

ANKH設置後(右)

 ANKH設置のため、コーナーの吸音パネルとともに、左右の壁に設置していた調音パネルも取り外したので、調音パネルはスピーカの背面にある1枚のみとなってしまいました。調音パネルのページに記載したように、調音パネルの功罪については十分経験済みですが、さすがに全部廃棄処分にするのも忍びなく、部屋のドアの前に設置してみました。部屋のドアは壁より引っ込んでいるので、このドアの前面に設置すると、右側にある既存のパネルと同一面となり、かつ左右のバランスが取れます。しかし、結果的には以前経験したのと同じことになってしまいました。つまり、音が分厚くなり、前に出てくるのですが、その分にぎやかになり、落ち着きません。さらに音が前に出てくる分、音場の奥行きも浅くなってしまいます。
 下記がパネル撤去後の周波数特性です。この小さな画像では読み取りにくいのですが、上のANKH設置後の特性と比べると、よりフラットな特性が得られています。実はパネルを2枚並べた時の特性も測定していますが、パネル1枚の場合とほとんど変わりません。以前、スピーカ背面に調音パネルを3枚設置した時の低域の盛り上がりを思い起こせば、パネルの設置による差が顕著に出ないということは、それだけANKHの低音処理能力の高さを示していると言えます。一方で、パネルの有無による聴感上の差は明らかであるにもかかわらず、その差は周波数特性では把握できない事象ということになります。

パネル撤去後(左)

パネル撤去後(右)

 9月にコーナーANKHを導入して約4か月、何とか既存のパネルを有効活用する方法を模索してきましたが、結局、すべてのパネルを撤去し、写真のようにANKHのみとしました。やはり、これがANKH本来の能力を発揮させる最も良い方法のようで、音場は左右スピーカの幅一杯に広がり、奥行きも十分です。以前、吸音パネルを取り去った時に、音が左右スピーカの背面に回り込むように感じましたが、それが自然な感じで広がり、あたかもスピーカの後ろにパッシブラジエータがあるかのような印象です。 (2015年正月)