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調音パネル

 本格的に設計・施工されたオーディオルームとの決定的な違いは、リスナーが音に包まれるような感覚が得られるかどうかであることは、すでにオーディオルームのページで書きました。その差を生じる一つの要因は、石井式リスニングルームの紹介記事でも述べられている部屋の壁面の材質です。まずはスピーカの背面の壁だけでも石膏ボードではなく、無垢の木材にしてみようと考えていました。音を拡散する効果を有する反射板としては、QRDが良く知られています。オーディオショップでもこれをSPの背面やコーナーに設置した配置をよく見かけます。しかしいくら良いと言われてもいきなり導入するには費用がかかり過ぎです。何しろ60cm幅、高さ120cmで10万円以上もしますので、ちょっと試してみるというわけにはいきません。とりあえずしな合板を張ってみようかと考えていたところ、Webショップで調音パネルなるものが国産でいくつか販売されていることを知りました。試験的に扱うには自立型のものが都合が良く、またペアではなく、1枚づつでも購入できるということで、MCSの調音パネルを使ってみることにしました。

MCSの調音パネルは何種かあり、メーカのお勧めは、ライブな部屋には吸音材を詰め込んだModel 2、デッドな部屋には反射機能のみ持つModel 3がお勧めとなっています。また低音がたまりやすいコーナーにはModel 2をコーナー設置型にしたものもあります。リスニングポイントでの音響特性を測定した結果、低音域がそれほど盛り上がっていないことが確認できたため、Model 3で高域の拡散を試みることにしました。高さはSPの大きさを考慮し、かつ圧迫感のない150cmのものを2枚購入しました。このパネルには右の写真のような足がついていますが、この足は最適な場所を見つけるための仮置きには便利ですが、これだけでは耐震性に難があり、最終的には壁に固定する必要があります。
 まず、SP背面のコーナーに壁と角度を持たして置いてみたところ、確かに音場が広がりますが、いかにも位相が乱れたような不自然な響きになります。ならばということで、壁に対し平行に置いてみると横方向に広がった感じになり、SP背面まで音場が広がります。ただし、空間が広がるのではなく、音がSP背面に回り込む感じで、やはり不自然な感じがつきまといます。この調音パネルの表面は数ミリの凸凹があるだけで、見かけはそんなに拡散効果があるように思えませんが、実際に設置してみると予想以上に音が拡散します。結局、雑誌などの記事にあるように、SPの背面に置いた場合が最も自然な拡散効果が得られることがわかりました。

 下図は調音パネルで実現しようとした音場と、得られた結果のイメージです。左側の左右のSPの間にある緑の部分が調音パネル設置前の音場で、黄色の部分が調音パネルで拡張しようと試みた領域で、さらに二つのSPの存在が消えるというのが理想です。これに対して、右の絵がSP背面に調音パネルを設置した場合のイメージで、確かに音場は拡大するのですが、SPの背面に音が回り込むイメージがあり、無理矢理左右に引き延ばしたという印象です。この影響が最もすくないのが、左右のSPの背面(図の茶色の部分)に設置した場合で、コーナーに設置した時のように音がSP背面に回り込む感じが少なくなり、音の響きと厚みが増す印象でした。

 これで気を良くして、もう1枚真ん中に追加しました。下の写真はこの時の状況です。確かに音の厚みは増すのですが、反面にぎやかな感じになり、音圧レベルがかなり高まった印象です。1週間この状態で聴いたものの、どうも以前のすっきりした音場のイメージが損なわれ、むしろ調音パネルがない方が良かったのではないかという疑念がつきまといました。そこで、聴感に頼るだけでは限界と判断し、MySpeakerの登場となりました。

 MySpeakerによる測定結果は惨めなものでした。下図はSP背面にModel 3を3枚設置した場合のリスニングポイントでのF特性ですが、ここまでF特が乱れているとは思いもよらず、オーディオ機材を全部動かして調音パネルを壁に取り付けた労力はまったく無駄なものとなってしまいました。調音パネル設置前の状態と比較すると、低音域のレベルが盛り上がっており、これはヒアリングで音の厚みが増し、音圧レベルが上がったことと一致します。Model 3は低音には影響しないと思われましたが、明らかに部屋のコーナーに低音がたまる現象が認められます。

 結局、全部のパネルを取り外したところ、音場がすっきりとし、調音パネルは無い方が良いという結論に至りました。この調音パネルはQRDなどに比べると安いとはいえ、3枚で約10万円と言う投資を考えると、設置しない方が良いと、簡単に結論づけるわけにはいきません。それにしてもModel 3でこれだけの影響が出ますので、この狭い部屋にQRDのDiffractalなどを張っていたらどんなことになっていたか、考えるだけでもぞっとします。


 実はパネルを2枚設置したところで、CDプレーヤにクロックジェネレータを追加しています。購入したのはアンテロープのOCXで、いかにもプロ用というイメージの作りで、ラックマウントのものです。エソテリックのX01 D2を購入した時からテレオンのお勧めのものでしたが、予想通り定位が明確になり、かつ低音がクリアに、高音域がなめらかになります。定位の明確化と音のなめらかさは、ちょっと反するようなイメージなのですが、それが両立するところがこのクロックジェネレータの良さです。これを使い始めたのは2枚の調音パネルを張った状態でしたので、今から思えばこのクロックジェネレータを使っていたがゆえに、調音パネルによる定位の不明確さがあまり気にならなかたのではないかと推察されます。全部取り外した状態では、音場が二つのSP間から広がることはありませんが、奥行き感もあり、調音パネルがなくてもうまく鳴らないCD(電源のページで述べたアーノンクール、コンセルトへボーによるシューベルトの交響曲全集)がかなり改善された状態となりました。

オーディオ装置のアップグレードはもとより、良い音を得るために、あらゆることに取り組んできましたが、調音パネルだけは失敗に終わったかと思われました。取り外した調音パネルを1週間眺め、最近メンバーとなったアキュフェーズ同好会の掲示板で引き取ってくれる人を探そうかと思案していました。しかし、これだけ音の拡散効果を持つパネルですから、きっと最適な使い方があるはずと思い直し、こんどは1枚ずつ測定しながら設置場所を探ることにしました。原則はコーナーに音がたまるような場所には置かないことです。となれば、SP背面は一カ所しかありません。つまりコーナーから一番遠い、二つのSPの真ん中に置くことです。下図はこの時のリスニングポイントでの周波数特性です。ここではパネルなしの測定結果は示してありませんが、ほとんど差はなく、重なってしまいます。

 これで自信を得て、あとは両サイドの壁面に設置しました。この場合もコーナーから極力離すという原則に従いましたが、窓や家具の配置もあり、その条件の中で決めた位置が下の写真です。前回のSP背面に設置したときと異なり、この3枚設置時の周波数特性(黒のライン)はパネルが無い状態の時(赤のライン)とほとんど変わっておりません。

 さていよいよ試聴です。最近、音の確認には拍手を使っています。Webページなどではホワイトノイズが良いと言っている人もいますが、私には拍手の方が適しています。もちろん音楽ソースでも良いのですが、音楽ソースですと、どうしてもそのソース特有の音に判断が左右されます。その点拍車は誰もが聞き慣れた音源ですし、SPの向きや設置には最適のソースではないでしょうか。前置きがながくなりましたが、新しい配置の音はごく自然な広がりで、実に気持ちの良いすっきりとした印象です。これで自信を得て、例の鳴らないソース、つまりアーノンクールのシューベルトを聴きました。その変化はまさに感激で、なんとも柔らかい弦の音が聞こえるではありませんか。この音の良くないCDにこだわるのは、もちろんその演奏が気に入っているからで、ここにはあの優しいシューベルトではなく、厳しく緊張感のあるシューベルトですが、それでいてシューベルト特有の親しみやすさが失われていないのです。SPケーブルをアップグレードしたときにまるでパワーアンプを代えたようだと書きましたが、今回の変化はしっかりした定位のなかにも各楽器の音が周囲の空気に包まれた感じといえば良いでしょうか、まさにプリアンプのアップグレードに匹敵するものです。

 鳴らないCDと言えば、カラヤン指揮ウイーンフィルのブルックナー7番もその一つ。これは高域が刺激的で、低音は緩いのですが、Stereo Soundの最新号(167号)のレコード演奏家訪問で仲道郁代さんの訪問記に同じCDが登場します。このCDを鳴らせるホーンというのはよほど優れたものでないと無理と思われますが、やはり上の帯域がきつくて低域に部屋の影響があるという菅野氏の印象が書かれています。高域が刺激的なのはカラヤンに限らず、この時代のグラモフォン録音の特徴のようで、バーンスタインの一連のマーラー録音も同じ傾向です。
 先のアーノンクールもこのカラヤンもそうですが、何が違うのかというと、人が演奏しているということが感じられるか否かなのです。平たく言えば、鳴らない装置では音が気になって音楽が聞こえてこないのです。この違いはオーディオ装置にとって決定的で、オーディオの醍醐味は、鳴らないソースから音楽を引き出せるか否かにあると言っても過言ではないと思います。こう言うとオールドジェネレーションの意見と言われそうですが、優秀録音が良く聞こえるのは当たり前で、どうしようもないと思われるソースでもちゃんと音楽が聞こえてくるようにすることが、オーディオの楽しみであり醍醐味ではないかと思っています。(2008年6月)