本文へスキップ
調音パネルU

 イコライザーのページに部屋のレイアウト変更について記述しました。これができたのは昨年退職して時間ができたので、オーディオルームを作った時から計画していた本棚を作ったためです。それで向かって右側にあった本箱のスペースが空いたので、既成の二連結の本箱の一つを右側に移動し、左右がシンメトリックな環境が実現しました。問題はその後で、特性は見かけと違ってシンメトリックになっていないことはイコラーザーのページに書きましたが、左の壁が空いたので、ここに更なる拡散効果を期待して音響パネルを追加しました。音響パネルの弊害は経験済みであったわけですが、ついやり過ぎてしまうのはオーディオマニアの常とはいうものの悪い癖です。当初はリスニングポジションまで音が拡散し、あたかもコンサートホールにいるかのような雰囲気に満足していました。

 たとえばこのブロムシュテット/ライプチッヒ・ゲバントハウスオーケストラのボックスセットでは、最後の拍手などリスニングポジションまで広がっているのがわかります。この録音に限らず、ライプチッヒ・ゲバントハウスオーケストラの特徴は低音が非常に豊かなことで、これはホールの影響もあるのでしょうが、問題はイコラーザーを通すと低音が過剰でブーミーになってしまうことです。
 これはイコライザー調整の途中経過なので、あえて記載しませんが、この解決のため、一時期100Hz〜300Hzを3dBほどレベルを下げてみたことがあります。こうすると、確かにブーミーさは緩和されますが、相対的にその上の帯域が持ち上がり、声楽などでピークらしいものが気になるため、結局低域はフラットに戻しています。


 しばらくは響きの良さに満足していたものの、壁に追加したパネルによる一次反射の影響を気づかせてくれたのは、これまたオーディオ機器の試聴によく使われる声楽でした。オーディオ随想のサイトで日本語対訳というページを作りましたが、ここで引用しているバッハのカンタータです。一つは鈴木正明のカンタータ全集の第41集、「われは足れり」BWV82で、キャロリン・サンプソンのソプラノバージョン。もうひとつは同じBWB82をオペラが専門のナタリー・ドーセが歌ったバッハカンタータ集。鈴木正明のはまさしく正統派で、闊達さに溢れていても、カンタータらしい抑制の効いた敬虔な音楽。一方の、ドーセは対照的で、クラシックの歌手がポピュラーソングを歌ったアルバムは結構ありますが、これはその逆バージョン。いってみれば石川さゆりがクラシックを歌っているようなものです。いや、彼女ならもっとうまいかもしれません。
 このドーセですが、ソプラノらしい透明感のある声なのですが、ただ美しいだけでなく、実にチャーミングなところがオペラシーンにはしっくりきます。その歌い方はバッハでも変わらないので、これまた切々ときて、これがはたしてカンカータだろうかと思いつつも、考えてみればキリストを題材にしているだけであって、カンタータは本来ドラマチックな音楽であり、こういう演奏も当然あり得るわけです。それにしても、これだけ多彩な表現を受け入れてしまうバッハの音楽の持つ可能性の大きさに感激せずにはいられません。


 このナタリー・ドーセですが、すでに前奏で広がりはあるものの、左側のレベルが上がった感じに聴こえ、そのためか定位にも影響しているように思われました。それになによりも肝心のドーセの、あのチャーミングな声がきつく感じられ、いかにも反射した音が耳を刺すような印象です。真っ先に疑われたのが調音パネルで、またやってしまったと思いつつ、まずは写真のように、ちょうどミドルレンジスピーカの高さに座布団をおいてみました。その差は歴然で、一次反射の影響はよく知られたことであるにもかかわらず、やはり実感しなくてはわからないということです。特にここで使っているのはそもそも拡散を目的とした調音パネルですから、一次反射といっても平面パネルとは異なり、鏡面のように直接反射波が来ることは無いはずです。ただしこのパネルの表面の凸凹は数ミリですから、中音域ではほぼ平面に近いわけで、拡散パネルとは言っても、物理的に考えれば平板とかわらないわけです。

 座布団で反射が和らげられるとなれば、また欲がでてきて、本格的な吸音を目的としたパネルはどうかということになります。たとえば、前から気になっているQRDにはこういった目的に使うBADがあります。輸入業者のHPによれば、「音の拡散処理をメインに行いAbffusor同様バランス良く100Hz以上の周波数帯域に於いて約80%均等吸音も出来る」とあり、これなら直接反射波は減衰するはずです。一方で、2009年4月のイコラーザーの導入以来、イコラーザーの調整でかなり音のバランスが追い込めることが解ってきましたので、音響パネルにあまり資金を投入してもどうかという思いがあります。それに吸音といえば、オーディオルームの吸音につかった、安価で効果抜群のダンボードG7(現在は生産中止で、代替品はロックウールMGフェルト)があります。吸音特性はほとんどかわず、拡散といっても表面材によるものなので、たいした差はないと信じることにして、これも懸案だった既存のグラスクロスも全て布で覆うことにしました。
 オーディオシステムの調整は、まず必要なことをすべてやって、その上でイコラーザーに頼るべきとよく言われるます。確かにそれは正論ですが、一方でその間ずっと我慢して聴くのもこれまた耐えがたく、それに高価なものですから、私の歳になれば、なんとかなるうちに思い切って買ってしまうというのも現実的な対応策です。それにイコラーザーを導入してわかったことですが、電源、ケーブルなどのオーディオ機器はもとより、部屋の調整もイコラーザーを通しても敏感に反応し、その点では導入前と何ら変わりません。問題をあげるとすれば、その都度イコラーザーの調整をやり直す必要があることですが、それもヒアリングで良い方向に向かっていればそのままで良いわけで、やらねばならないということではありません。

 さて、そのロックウールですが、MySpeakerによる測定結果でも部屋のコーナーに低域が溜まる現象が見られたので、その部分にも追加し、結局4枚購入することにしました。課題はそれをすっぽり覆う布袋の製作で、何年ぶりかでミシンを使って袋をつくりました。下記がそのイメージ図で、まず真ん中でつないで筒状にし、その状態でベルクロを縫い付けてしまいます。壁への取り付けはピンなども考えられますが、ベルクロは石膏ボードにはホチキスで簡単に止められますし、位置決めも取り付け時にある程度調整できますので、便利です。 ポイントはベルクロを組み立て前に布にミシンで縫い付けてしまうことで、これで作業性がずっと良くなります。

 下図は布の裁断図です。素材はシーチングという木綿の生地で、111cmの幅の既製品がそのまま使えます。ロックウールの寸法は60cm×91cm×5cmですが、布の幅を65cmにすると、入れる時に窮屈でかえってしわが生じやすくなります。さりとて、あまり余裕を見るとだぶついてしまい、2mmくらい大きめにするとちょうど良い感じになります。ベルクロの位置は内側に寄るほどパネルが壁から離れてしまいますので、できるだけ端に寄せ、ノミナルで1cmのところとしました。ただし、相手は布ですので、引っ張れば伸びてしまい、実際は1.5cmくらいになっています。

 結局、以前からピアノの周囲に設置してあったロックウール6枚と、新たに購入した4枚の合計10枚分の袋を作ることになりました。我ながら良くやったと思いますが、慣れてくるとそれほどの作業ではありません。当初は壁の一次反射を抑えるためでしたが、Myspeakerによる測定で部屋のコーナーに低音がたまる現象が見られましたので、コーナーに二枚、残りの一枚はリスニングポイント後方の壁に設置しました。以下の写真がその状態です。

 このベルクロによる取り付け方法の良いところは取り外しが簡単なことで、パネルの有無による音の比較が容易にできます。もっとも、付けたほうが良いので実際にはそのようなことはしていませんし、その必要もありませんでした。ただし左の壁の一次反射だけは、安価なロックウールでどれだけの効果がどれほどあるものか試すため、パネルをつけた場合と無い場合を比較してみました。パネルが無い状態、つまり石膏ボードにビニールクロスという平均的家屋の内装ですと、先にあげたデセイのバッハが、もう前奏を聴いただけで音が張り出してくるのが感じられます。さらに、響きがきつくなるだけでなく、定位が左に寄った印象で、やはり壁の反射により音圧レベルが高まるためではないかと思われます。

 スピーカの背面のコーナーに設置したパネルも左右のバランスに効いているようで、定位が安定し、奥行きが深くなった印象です。一方で全体にデッドになった感じは否めませんが、その分落ち着いた感じがします。オーディオ用の吸音拡散パネルはほとんど中身はグラスウールですから、表面材による違いは多少あるとは言え、一枚二千円という価格を考えれば、まさに最高のコストパフォーマンスです。

 こうして吸音材と反射板が交互に並んだ様をみると、何のことはない、石井式リスニングルームそのものの設計思想であり、結局同じような構成になってしまいました。石井式の場合は反射板の裏側にも吸音材があり、低音域まで吸収する設計ですから、同じではありませんが、メリットとしては壁を作り直すこともなく、既存の壁でも比較的容易に実現可能という点でしょう。まだ測定はしていませんが、リスニング結果からはかなり整った特性になっているのではないかと思います。(2010年8月)