「TVライブラリー」のページは、文字通りテレビ番組について書くつもりが、TVの音声をオーディオルームで聞くためのシステム整備で終始してしまいました。そこで、システム整備に対応して、「コンテンツ編」として、新たなページを作りました。TVライブラリーのソースはNHKのクラシック音楽館やプレミアム・シアターですが、N響はもちろんのこと、海外の公演のビデオも時々放送され、貴重な音源となっています。この1年で録画した主な海外公演は以下の通りで、中にはCDで発売されたものもあります。ハイティンクはこのザルツブルク音楽祭が事実上の引退コンサートで、この公演はブルーレイで発売されています。表題の画像はテレビの画面を撮ったものですが、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番でのシーンです。
指揮者/演奏者 | 曲名 | 備考 |
ラトル/ロンドン交響楽団 | ベートーヴェン 交響曲第9番 | |
ヤンソンス/バイエルン放送交響楽団 | ベートーヴェン 交響曲第3番 | |
ハイティンク/ウィーンフィル | ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番/ブルックナー 交響曲第7番 | ザルツブルク音楽祭2019 |
ブロムシュテット/アルゲリッチ/ルツェルン祝祭管弦楽団 | ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番 | ルツェルン音楽祭2020 |
バレンボイム/ムター/ヨーヨーマ/ウェスト・イースタン・ディヴァン管弦楽団 | ベートーヴェン 三重協奏曲 | CD発売 |
マウリツオ・ポリーニ | ベートーヴェン ピアノソナタ#31,32 | |
イゴール・レヴィット | ベートーヴェン ピアノソナタ#30-32 | ザルツブルク音楽祭2020 |
ティーレマン/ウィーンフィル | ブルックナー 交響曲第3番 | CD発売 |
ちまたではNHKの受信料徴収への批判を聞きますが、このような番組を提供してくれるのですから、大変ありがたい放送局です。このうち、ベートーヴェンの三重協奏曲と、無観客で行われたティーレマン/ウィーンフィルの公演はCDで発売されています。また表にはありませんが、N響のプログラムにもCDが発売されているものがあり、これらのCDを買うことを思えば、受信料は安すぎるくらいです。ザルツブルク音楽祭やルツェルン音楽祭など、現地に行かないと聞けない公演なども貴重な存在です。ここには書いてませんが、ロサンゼルス・フィルハーモニックの創立100周年記念の演奏会も放映され、歴代の指揮者である、ズービン・メータ、エサ・ペッカ・サロネン、そして現在の音楽監督であるグスターボ・ドゥダメルという、豪華メンバーによる演奏が、ロサンゼルスフィルのホームであるウォルト・ディズニー・ホールの雰囲気とともに楽しめます。
ブルーレイ17枚といっても時間にすれば50時間以上ですので、すべて聞くのに一か月はかかります。そんなわけで、このライブラリの評価はまだ早いのですが、その第一弾として、上記表にあげた番組について補足しておきます。
上記リストのうち、ヤンソンス/バイエルン放送管弦楽団によるベートヴェンの交響曲第3番は海外公演ではなく、2012年11月の来日公演で、サントリーホールでの録音です。NHKが録画を担当したのでしょうか、N響の録音と同等のレベルで、十分楽しめる音質です。ヤンソンスは2019年に亡くなっていますので、その7年前なのですが、すでにとても疲れているように見えます。気負いのない、親しみやすいベートーヴェンで、それでいてスケールの大きな音楽になっています。力強さよりも響きの優しさが際立つ演奏で、音楽の流れがそのまま物語となるような、語り口のうまさを感じます。
次のハイティンク/ウィーンフィルは、ザルツブルク音楽祭のメイン会場である祝祭大劇場ゆえでしょうか、どうも響きが乏しくて冴えません。記念すべき演奏会なのに、とても残念です。録音レベルが低いのもその一因ですが、拍手に比べてステージの音が小さく、遠くに感じます。ということは、マイクの場所がステージの上ではなく、客席近くにあるのでしょうか。ベートヴェンのピアノ協奏曲でも、ピアノの音が、ホールに広がっていくような響きが感じられません。壮大なブルックナーの7番は、さすがにフル・オーケストラの醍醐味は感じるものの、金管が前に出てこず、やはり物足りなさが残ります。
下記は2021年10月22日の朝日新聞です。ハイティンクはこの公演が引退公演だったのですが、個人的に一番記憶に残っているのは、2015年のLSOとの来日コンサートです。残念ながら、このレポートで書いたことが現実となってしまいました。(2021年10月哀悼の意を込めて)
以前、ホロヴィッツの"The Last Romantic"というCD(下左図)を買ったのですが、これもビデオからの音源で、同様に録音レベルが低く、不満の生じる音質でした。録音より録画の方が音質が落ちるということはないのでしょうが、同じような傾向なので、気になるところです。もっとも、ホロヴィッツの方は自宅での録音なので、祝祭大劇場とは比較にならないほど鮮明です。
これに比べると、ルツェルン音楽祭でのアルゲリッチのピアノとブロムシュテットのベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番は、はるかに良い録音です。弦らしいつやと厚みが良く出ており、ピアノ音も冴えています。ルツェルン音楽祭の会場は、ザルツブルクの祝祭大劇場より新しい設計のようですが、ホールの音響の良さがよく聞き取れます。ただ、これがホールの違いによるものなのか、録音にもその要因があるのかはわかりません。
ラトル/LSOの第9はLSOのホームであるバービカン・ホールですが、ティンパニーの乾いた感じの響きなど、ハイティンク/LSOによるベートーヴェンの交響曲全集(上右図:SACD)を思わせる響きです。このラトル/LSOもビデオ作品なのですが、どうも音の傾向が似ていると思ったら、ビデオのエンドクレジットに、Audio
Engineers Jonathan Stokesとあり、SACDのJonathan Stokes for Classic Sound Ltd
balance engineerと同一人物でした。もちろんSACDはビデオと比べて、解像度や音色の多彩さでかなり差があります。
ラトルがLSOの音楽監督に就任したのは2017年で、すでに2023年からバイエルン放送交響楽団への就任が決まっています。LSOを離れる理由はバービカン・ホールへの不満だそうですが、簡素なホールではあるものの、噂ほど音響が悪いという印象はありません。
【追記】このラトル/LSOの第9ですが、TVライブラリ・コンテンツ編の後編を書くにあたり、再度聞き直したところ、録音、演奏ともTV番組でのNo.1と思いました。スピーカが802SDからAmatiに代わったことも大きな要因と思いますが、素晴らしい演奏です。この時は音のことしか書いていませんが、ライブの雰囲気も十分伝わってきて、バービカン・ホールで聞いているような気にさせてくれます。特に第4楽章での合唱のリズム感、躍動感が素晴らしい。こんな第9は聞いたことがないくらい、気迫のある演奏です。当時は所詮TVの音だから、という先入観が強かったのでしょうか、音質にのみ関心が向いて、演奏について全く触れていないのは不可解です。(2022年11月)
このビデオの中で一番ショックだったのは、マウリツォ・ポリーニ。その風貌は、ここに載せるのもはばかられるほど、頬がこけて老け込んでしまい、まるで大病でも患ったかのようです。ベートーヴェンの最後のピアノソナタ3曲を演奏したようですが、放映されたのはこのうち、31番と32番の2曲。見かけと違い、腕の方は衰えを感じさせませんが、なぜこれほどまでに弾き急ぐのかと思わせる、余裕のない音楽。当然そこにはベートーヴェンが描いた、人生を振り返るような思慮もなく、ひたすら突っ走るだけの音楽。歳をとると演奏が早くなるのは一般に見られる傾向ですが、ポリーニの場合、ただ早いのではなく、あたかも死に急ぐかのような印象を受けます。
たまたまですが、ザルツブルク音楽祭でのイゴール・レヴィットもベートーヴェンの最後の3つのソナタ。こちらは情感豊かで、細部まで神経の行き届いた演奏。若干思わせぶりな感じが気になるときもありますが、特に31番はレヴィットの感性に合うのでしょうか、いつくしむような抒情性とフーガの力強さが見事です。ハイティンクと同じ祝祭大劇場での演奏で、ピアノが遠い感じを受けますが、ピアノ協奏曲の時のピアノに比べれば、不満を感じないレベルです。
表に挙げた演奏会はごく一部ですが、細かな音質の差があるとはいえ、全体的には均一で、聞くに耐えないようなプログラムはありません。テレビの放映はそこそこの音質ではあるものの、演奏の内容について十分把握できるレベルにあるということです。人間の耳というのは面白いもので、テレビの音ばかり続けて聞いていると、これでも十分ではという思いがよぎることがあります。言ってみれば、普及クラスのオーディオ装置で、解像度はそこそこではあるものの、音楽を楽しむにはこれで十分と思える・・・その感覚に通じるものがあります。ところが、CDに切り替えると、一気に空間が拡がり、透明感も増して、各楽器の存在がより明瞭に捉えられ、その落差に気づかされます。
つまるところ、テレビのライブラリはオーディオという観点で捉えるものではなく、海外の演奏会や、新進演奏家の演奏を知る機会を与えてくれる情報源という観点で捉えるべきものです。このコロナ禍では猶更、存在価値があります。そうは思っても、N100を導入して、オーディオルームでも楽しめるようにしたのは、少しでも良い音で聞きたいというオーディオ・マニアの執着心であることは言うまでもありません。CDと比べれば音質には不満が残るとはいえ、AVシステムで聞くよりは間違いなく細かい音が聞き取れるようになっています。そして何よりも、テレビ番組をオーディオルームで聞けるようにした試みはデジタルオーディオの楽しみを広げてくれたことは間違いありません。(2021年7月)
NHK音楽祭で今でも記憶に残っているのは、このページで引用した2015年のハイティンクとLSOの来日コンサートです。その後も毎年開催されていますが、以降はあまり記憶にありません。このNHK音楽祭は今年も開催されましたが、コロナ禍とあって、恒例の海外からの演奏者の参加はなく、国内公演のみでした。ただし企画は興味あるもので、「オーケストラがつなぐ未来へのメッセージ」と題して、日本各地のオーケストラが、それぞれの本拠地で公演するもの。地方公演ですから、当然参加するのは無理。NHKもそれは承知のうえで、各地の会場で公演されたものを、NHK音楽祭として、まとめて放映するという企画です。
全部で5公演でしたが、目玉はやはりN響と、今年のショパンコンクール優勝者との共演です。日本から出場した反田恭平が第二位となって話題になりましたが、この時の共演は優勝者のブルース・リウ。カナダ出身ですが、名前や風貌からしてアジア系のようです。今年のNHK音楽祭の各公演は、このページのメインテーマである「クラシック音楽館」でも放映され、そのうちアンサンブル金沢、仙台フィル、および九州交響楽団の公演を収録しました。いずれもピアノ協奏曲が組み込まれていて、それぞれ、興味深いピアニストでしたので、ここに記載することにしました。
最初のアンサンブル金沢はすでに定評ある楽団ですが、指揮は井上道義。ピアノはまだ17歳という奥井紫麻で、モーツアルトのピアノ協奏曲 第23番。この時のプログラムはオール・モーツアルトで、フィガロの結婚序曲、フルートと管弦楽のためのアンダンテ、交響曲
第29番、そしてピアノ協奏曲第23番。録音は自然に伸びた高音と力強い低音で、普段のN響の録画よりも良い出来でしたが、透明感のある音はチャンバー・オケのメリットもあるようです。今回はNHKの企画なので、NHKが各ホールで収録したのかと思っていましたが、このアンサンブル金沢の音の良さと、次に聴いた九州交響楽団の音との落差を目の当たりにすると、到底同じ録音エンジニアの仕事とは思えず、各ホールや楽団専属の録音エンジニアが担当したのかもしれません。
指揮者の井上道義は何度も聴いていますが、外見のイメージとは違いオーソドックスなアプローチで、交響曲 第29番も落ち着いた、ゆったりしたモーツアルト。自宅で寛いで聞くのにぴったりです。奥井紫麻のピアノはとても素直。モーツアルトは普通に弾くのが難しい時代ですが、音符をありのまま弾いて何がいけないのかという感じで、とても好感が持てます。もっとも、カデンツァは聴きなれない、もしかしたら本人のオリジナル?で、ここでは遊び心も感じられます。そのスタイルは第2楽章も同様で、天国的な美しい旋律を淡々と弾いているようで、一つ一つの音はとても充実しています。ここでは慣れてきたのか、オーケストラとの対話を楽しむ余裕も感じられました。アレグロの第3楽章は、そのオケとの一体感がより感じられる演奏で、力みのない音楽が自然に流れていきます。モーツアルトしか聴いていませんが、将来が楽しみなピアニストです。
九州交響楽団の公演は、田中裕子の指揮でベルリオーズ 序曲「ローマの謝肉祭」、リスト ピアノ協奏曲第1番、ベルリオーズ 幻想交響曲というプログラム。田中裕子という指揮者はまったく予備知識がありませんが、どんな幻想交響曲をやるのか興味があり、録音してみました。リストのピアノ協奏曲 第1番のソリストは金子三勇士。そのピアノ協奏曲から聴き始めたのですが、ボテボテの低音で、定位もはっきりせず、とてもピアノの音には聞こえません。高域は悪くないのですが、演奏会ではピアノの真下とか、よほどひどい席でないと、こんな締まりのない低音は聞けません。定評あるピアニストで、演奏は情感豊かで悪くないだけに、とても残念です。リストのピアノ協奏曲は切れの良い音で聞きたい音楽で、この録音では曲想が生きず、もどかしさだけが残ってしまいます。
「高域は悪くない」と書いて思い出しましたが、どんな再生装置でも高域はそれなりに鳴ります。オーディオもオーディオ・ルームも、最大の課題は低音で、オーディオ・マニアは良質の低音を再現するために日々努力を続けているわけです。このことは、録音についてもまったく同じということを今回実感したのですが、もし担当のエンジニアが、テレビだから音については映像ほど配慮していないとすれば、許しがたいことです。
これを記した後、12月のN響定期公演でテレビの音と生の音との落差に改めて落胆したのですが、考えてみれば、テレビの音を本格的なオーディオ装置で聞いている人はごく少数派というか、そういったマニアはテレビの音をソースと考えていないというのが実態でしょう。一部のオーディオマニア向けに、NHKが4Kや8Kの画質より音質を優先することはあり得ないこと。せいぜい質の良いAV装置のユーザをターゲットに音作りをするのは、やむを得ないことなのかもしれません。(後日追記)
では幻想交響曲はというと、やはり低音が緩いというか、低音が過剰な感じで、例えばティンパニーの音がオケに被ってしまい、その位置が見えません。もっとも、ピアノ協奏曲の場合はピアノの音色に関心が向くので、異質な感じが強調されますが、オーケストラだけですと、不満を感じながらも、それなりに楽しむことはできます。実は最初の印象があまりに悪かったので改めて聞き直し、このレポートにも手を加えたのですが、NHKの平均的な録音に比べて特に劣るというほどではありません。とはいえ低域が過剰なのは確かで、それがピアノ協奏曲と共通していることから、録音だけの問題ではなく、ホールの構造にも要因があるように思われます。
田中裕子のベルリオーズは情熱的というより、ロマンチックでファンタジーに溢れた音楽で、悪くありません。それぞれのフレーズに思いを込めて、とても丁寧な演奏を聞かせます。一方で、内に込めた情熱を感じさせる高揚感や、舞い上がるような瞬発力はやや不足。このあたりは九州交響楽団の力量もあるのでしょうが、この決して質が良いとは言えない録音を聞いただけでは、正確な評価は難しいところです。
最後の仙台交響楽団の公演は、藤田真央が聞きたくて録音しました。この人、すでに今年2月放映のクラシック音楽館で聞いています。(収録は昨年11月のN響公演会)その時のシューマンがとても魅力的で、今度は難曲で有名なラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を弾くので、これは聴かなくてはと思い録音しました。この曲、出だしは淡々とした感じなのですが、すぐにラフマニノフらしい甘美な旋律が聞こえてきます。こちらの録音は平均的でしょうか、N響の録音と同レベルで、ピアノの低音域も聞き取れる程度の分解能があります。
藤田真央はとても感性豊かな音楽をやる人で、シューマンの時に感じた語り口のうまさが、ラフマニノフでより発揮される感じです。シューマンの時も、かなり自由にやっているというか、テンポなども微妙に変化させていましたが、ラフマニノフではそういう弾き方が、より自然かつ効果的に聞こえます。こちらの方が難曲なのですが、そういうことを感じさせないところが、このピアニストの真骨頂なのでしょう。ファンタジーに溢れた曲なのですが、ちょっとつかみどころのない印象もあります。とにかく音符の数が多く、音が飛び跳ねるようなフレーズが多いのですが、そのあたりが藤田の感性に合うのでしょうか、散漫にならず、音の運び方に天与の才能を感じます。ラフマニノフの音楽はあまりに通俗的で、たまにしか聴きませんが、きらびやかなピアノとオケとの高揚感はこの作曲家ならではの世界で、終盤はまるで映画のラストシーンのよう。
この藤田真央、外見は童顔で、まだ子供みたいな雰囲気もあるのですが、表現の幅が広くて、映像を見なければこんなに若い人とは思えません。コンクールなどは縁がなさそうですが、あの反田恭平が、すでにチケットを取るのが困難と言われるくらい人気を得ていても、ショパンコンクールで賞を狙ったという話を聞くに及び、人は外見ではわからないものです。
今回は、奥井紫麻と藤田真央の二人の若いピアニストの演奏を楽しみましたが、今年のショパンコンクールで入賞した反田恭平と小林愛美も同年代です。彼らに共通しているのは、かつてのテクニック優先ではなく、自分の感性を持ち、それを表現するテクニックを備えていること。こういう傾向はピアニストに限りませんが、ようやく日本も本格的な音楽家が育ちつつあることを教えてくれた音楽祭でした。(2021年12月)
今年のNHK音楽祭は、上記3人のピアニストに加えて、松田華音とショパンコンクール優勝者のブルース・リウの公演があり、これらも録画しました。松田華音は2020年12月に井上道義の指揮でN響と、伊福部 昭のピアノと管弦楽のための「リトミカ・オスティナータ」を演奏しており、まるで打楽器を扱うような見事な鍵盤さばきが印象的でした。今回の飯森範親の指揮による、日本センチュリー交響楽団とのシチェドリンのピアノ協奏曲 第1番も珍しい曲で、日本初演ではないものの、めったに演奏されない作曲家です。松田華音はロシアに留学していたそうで、その関係で現代ロシアの作曲家にも詳しいようです。このピアノ協奏曲 第1番ですが、難解な現代音楽というイメージとは違い、いかにもロシアの作曲家らしい、映画音楽のような親しみやすさがあります。曲は幻想的な雰囲気で始まり、NHkの大河ドラマのようなドラマチックな展開の後、軽快なリズムとなり、その後再びロマンチックな旋律に戻り、最後はリズミカルな音楽で終わるという、ドキュメンタリー番組のBGMを聴いているかのよう。松田華音はこの曲でも、ピアノを打楽器のように扱っていますが、過度な演出はなく、クールな感触を維持しています。終章のピアノの音が跳ねるようなところは聴きごたえ十分。どこかで聞いたことのあるようなメロディーなのですが、単調にならないのはさすがで、ここでもリズム感よりドラマ性が勝って聞こえます。
このシチェドリンと同日に放映されたのが、ブルース・リウと尾高忠明指揮のN響によるショパンのピアノ協奏曲 第1番。この時の録音はあのオーチャード・ホール?というほど良い録音で、ピアノの低音域も若干緩いとはいえ、テレビの音声としては上等です。このページで報告した金子三勇士によるリストのピアノ協奏曲とは雲泥の差がありますが、実はこの時とは録音の仕方を変えていますので、単純な比較はできません。書き改めるほどの違いはないと思いますが、今となっては録り直しがきかず、少し割り引いて評価すべきかもしれません。
ブルース・リウのピアノですが、さすが、過度に感傷的ではなく、それでいて十分感情を込めた演奏で、好感が持てます。コンクール当日の演奏は聞いていないので、比較したわけではありませんが、間違いなくこちらの方が余裕があるはず。演奏もそういう雰囲気が感じられ、ショパン特有の美しい旋律をじっくりと聞かせます。ただ、よく聞くと結構アクセントを付けているのですが、それが耳障りにならず、かつ単調にならないよう工夫していることがわかります。第3楽章は突っ走る感じで、あまり印象に残らない曲なのですが、ブルース・リウのピアノの音がクリアでかつ華やいで聞こえ、音楽の楽しさを伝えています。音の流れに任せるのではなく、高揚感もあり、この第3楽章は聴きごたえがあります。
まさにコロナ禍でのNHK音楽祭で、結果的にすべてのエントリーされた演奏を、テレビというメディアを通じて試聴しましたが、オーケストラだけではなく、若手のピアニストが得意な曲を演奏したという点で、楽しめる企画でした。オーディオマニアとしては、せめてCD並みの音質で聴ければと思う一方、それぞれの演奏についてコメントできるだけの音質であることは間違いなく、今後も音楽ソースの一つとして活用できることは間違いありません。
NHK音楽祭とは離れますが、リストのピアノ協奏曲で、1月9日に放映された第2番が素晴らしかったので、追記しておきます。これは2021年11月13日のN響定期公演で、ファビオ・ルイージが予定されていたのですが、コロナ禍で来日が不可となり、代役の沼尻竜典がルイージの選曲をそのまま引き継いだ公演です。金子三勇士には申し訳ないのですが、あまりの音の悪さに第1番は聴かずに終わりましたので、比較はできないのですが、第2番はこれがリスト?というくらい幻想的なファンタジーに溢れた曲で、ピアノを担当したアレッサンドロ・タヴェルナの実力もあるのでしょうが、最近聞いたN響の公演では演奏・録音とも出色ものです。(2022年1月)