リビングファクトリー★管理人のよしなしごと 日記
猫の花子
ここは、管理人の日記のページです。

平穏に暮らせたらいいなぁ……。
のんびり、ゆったり。
だけどね、そうとばかりは言ってられないことも
たくさんありますね。

日々感じることを書いてみようと思ってます。

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2014.8.29(金) 「疏水物語」(そすいものがたり)  2014 夏の旅の思い出

疏水物語  私の夏休みの作文─旅の思い出を書くことにしよう。
3泊4日(8/6〜9)の旅をした。往復に丸2日かけているので、実際は正味2日間、京都・滋賀をまわった。名所旧跡には行かなかったが、いい旅だったと思う。
 思い出を凝縮した合成写真を作ってみた。比叡山から一望した琵琶湖と京都市内を流れる琵琶湖疏水にアルミ缶「疏水物語」(京都市発売の水)を配した。

 7日は比叡山に上ってから、琵琶湖を一周。
 比叡山からは、京都市内がまるごと見え、琵琶湖側には湖と大津市街などが見下ろせた。
 琵琶湖一周のドライブは約200km。まさに海のように広がる琵琶湖は広大であり、湖岸に広がる水田はいかに大地が豊かであるかを物語っていた。
 琵琶湖には119本の河川が注ぎ込んでいる。流れ出ているのは瀬田川1本、それが宇治川、淀川となって、大阪湾にいたる。約1400万人(滋賀・京都・大阪・兵庫)が琵琶湖・淀川水系の恩恵にあずかっているそうだ。
 琵琶湖をめぐり、高島市で今津という地名を目にした。ここには「琵琶湖周航の歌記念館」があった。立ち寄ると小さいながらも素敵なところで、作詞者・小口太郎、作曲者・吉田千秋が顕彰されていた。思わず涙ぐむ。2人とも20代の若さで亡くなっていたのだった。歌詞とメロディがしみじみと感じられ、あの透明感はこの2人の純粋さと琵琶湖の水から生み出されたものだと思い入った。
 高島市といえば、あるニュースを思い出した。昨年秋のこと、福島原発事故で放射能汚染された木材チップ300トンもが、この高島市にある鴨川の河川敷に不法投棄された。市民団体などが訴えて、滋賀県が業者などを刑事告発したというが、その後どうなったのだろう?とんでもない事態だが、そういう業者があちこちで暗躍していたとしたら、と考えるとそらおそろしい。それに敦賀や若狭の原発が事故を起こしたら琵琶湖は……。

 8日は京都市内を歩いて琵琶湖疏水をたどった。この疏水は、明治の頃に琵琶湖から京都市内に水を引いたものである。山にトンネルを掘ったりして、殉職者も出るほどの大変な工事であったらしい。そのおかげで京都のすみずみまで水が行きわたり、発電所までできて、疏水は京都市を潤してきた。
 京都市左京区には「琵琶湖疏水記念館」があり、ここで疏水の歴史や役割をかなり詳しく学ぶことができる。ちょうど休憩をとっていた職員の方に話しかけると、さらに詳しく疏水のことを語ってくれ、南禅寺境内にある水路閣も教えてもらった。水路閣は洋風の赤レンガ作りであり、そのアーチの上を疏水の分水が通っていた。上にあがってみると、けっこう流れの早い水路になっていて、その向こうに関西電力の発電所があった。
 「さーて、帰りは『哲学の道』(これも疏水沿い)を通って市内に帰ろう」、そう思っていたら、雨がざあざあ。台風の影響だった。残念だったが、地下鉄東西線(京都にもあった)で京都市役所前まで戻った。
 私たちが東京に帰ってきた頃、台風は京都を水浸しにした。疏水はどんな流れになったのだろう。想像もつかなかった。疏水記念館の自販機で「疏水物語」を売っていた。旅の記念にそのアルミ缶を買ってきたのだが、まだ中身はそのまま、琵琶湖の水が家のテーブルの上にある。山をくぐり、谷をたどり、京都に流れついた琵琶湖の水。水は命の源、それを知っていた人間の英知が生み出したのが、この琵琶湖疏水ではあるまいか。疏水は明治に作られたが、江戸時代からその計画があったという。私たちの住む武蔵野台地には「玉川上水」がある。江戸時代に作られ、そのおかげで武蔵野や江戸は繁栄したのだった。琵琶湖と疏水の旅をして、改めて人と水のつながりの大切さを考えた。しかし、その大切な琵琶湖の水を脅かす原発が、すぐ近くに林立している。廃炉にすることを切実に考えなくてはならない。



2014.8.2(土) ホオジロの手紙  おいかけておいかけて♪ 身近な野鳥たち④ホオジロ
ホオジロ(頬白)のオス  もはや葉月。前回の日記から5ヵ月もたってしまった……。
 昨日8月1日は八朔(はっさく)。朔日(1日)は吉日だそうだ。思い立ったが吉日、更新作業をはじめたものの用事があって完成せず、本日のアップ。

 つい先日の暑い暑い日、妹がお休みをとれたので、彼女の車で山梨までドライブしてきた。奥多摩を越えて2時間余り、丹波山村に着いた。公営の温泉や道の駅があり、果物や野菜が豊かにとれる村のようだ。気持ちのいい里の風景が広がり、河原に降りて流れに素足をつけると、冷房とは比べ物にならない涼しさだった。

 そこで出会ったのがホオジロ(オス)くん。
 このホオジロくん、河原のあちこちを飛び回っていた。虫は彼の食事なのか、あるいはお子様のランチなのだろうか。それでちょっと一休みという具合に、近くの柵にとまってくれた。
 すがすがしい山の緑と清らかな川の流れを背景にして、とても気持ちよさそう。
 ホオジロの後姿はスズメのようだが、頭に白と黒の模様があり、尾が少し長い。この写真でもわかるように、顔に白い線が2本ある。頬がぽっと白いわけではない。(メスはオスより色が薄く、頭も頬も茶色っぽい)
 冬に多摩湖でこの鳥を撮影することができ、名前を調べてみたら、これがホオジロだったわけだ。名のイメージからすると丸く白いほっぺかと思ったが、意外な顔立ちであった。
 身近な鳥ではあるが、丘陵地や草原、河原に棲むので、人家近くには現れないそうだ。
 鳴き声は「ピピッチチッ」としか私には聞こないが、もう少し複雑化すると「ピィッチ、チチッチ」かな。その声を昔から「一筆啓上仕候」(いっぴつけいじょうつかまつりそうろう)、「源平つつじ白つつじ」と聞きなしてきたとか。あの有名な「一筆……」がまさかホオジロくんの鳴き声だったとは。

 「一筆啓上仕候 安倍に苦言を呈す 原発と申すは危険極まりない装置にて直ちに廃止すべき代物なり 福島の民の塗炭の苦しみを安倍政権こそ知るべし」
 あのホオジロくんはこんな手紙を出したそうな。正しい文例かどうかはわからないが。



2014.3.7(金) メジロは梅の蜜がお好き  おいかけておいかけて♪ 身近な野鳥たち③メジロ
メジロ(目白)  あらあら、また雪がちらほら。さっきまで晴れてたのに。
 この前の2度の大雪には閉口した。何しろ3週間にわたって道路に立ち、せっせと雪処理の肉体労働に忙しい毎日。でも、スズメは積極的で、私の姿を認めるや「餌、ちょうだいよ」とアピールしてくるので、お米をばらまいた。が、メジロはただ通り過ぎていくだけなので、餌をあげるのを忘れてしまう。すると、まったく姿を見せなくなった。そうだ、今日はリンゴを置いておこう。

 私はメジロにリンゴやミカンをあげることが多いが、とにかく彼らは甘党の小鳥。花の蜜が大好きだ。「花吸い」「花つゆ」などの別名もある。中でも梅の花の蜜が大好物だそうだ。梅の咲くこの季節、黄緑色のメジロが梅の小枝にとまっている美しい光景を見かけることも多い。
 ときどきメジロをウグイスだと勘違いする人がいるが、あのきれいな黄緑色の羽のためだろう。あの色はまさに鶯色で、梅の花によく似合っている。あるいは「梅に鶯」という言葉があるせいかもしれない。
 「えっ、じゃ本物のウグイスは?」 はい、その疑問もごもっとも。「梅に鶯」というフレーズがあるくらいだから、梅の木にウグイスが来てもよさそうなものである。我家のカレンダーの絵は、梅にウグイスがとまっているし、「♪梅の小枝でウグイスが春が来たよと〜」という歌だってあるし。
 ところが、残念ながらウグイスは梅の木には来ない。彼らは藪の中で暮らすことが多く、虫や木の実を食するそうだ。それに実際のウグイスは、あの美しい黄緑色ではなく、もっともっと地味なくすんだ色である。
 「梅に鶯」は早春の風情を表わした決まり文句。たいした暖房もない昔の暮らしは、今よりずっと寒かったに違いない。だからこそ、人びとは暖かい春を待ち望んだのではあるまいか。まだ寒い早春に梅の花が咲き、ウグイスの鳴き声が聞こえてくる。ようやく待ちに待った春が来たと喜ぶ人びとの情緒、それがあのフレーズとして結実したのだろう。めでたい春の使者、梅の花と鶯の声。いつしか、それがイメージの中の光景として定着し、2つをセットにした絵や歌が生みだされたのかもしれない。

 おっとっと、テーマはメジロだった。気がつくと、さっきの雪は止んでいて、庭がにぎやかな様子。チーチーとかわいい声がする。おー、噂をすれば何とやらである。メジロが来て鳴いているではないか。家の庭には梅の木はないけれど、さっきあげたリンゴを食べに来たんだね。ほんとにかわいい。
 いつだったかメジロを密猟した人が逮捕されたニュースがあった。日本には鳥獣保護法(鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律)があり、野生の鳥類と哺乳類の捕獲は禁じられている。
 だが、メジロは囀りが美しいため、昔からペットとして飼われていたという。そういえば、私が子どもの頃(もうウン十年か昔ですが)、近所のおじさんが飼っていた。そのおじさんは、鳥餅というぺたべたするものや網を使って、自分でメジロを捕獲していた。1羽1羽竹かごに入れて大切そうに飼っていた記憶がある。
 今ではメジロの捕獲は全面禁止になっているが、少し前まで、許可を申請すれば一家に1羽飼っていいことになっていたそうだ。メジロにとっては、とんだ災難だったに違いない。
 余談になるが──私が「カラスは害鳥で殺されるくらいの存在なんだから、ペットにしてもかまわないよね。飼ったら、おもしろそうだし」と言ったら、家人が「いや、やっぱり野鳥だから保護されてるんじゃないの?飼ったら違法になるのでは」という。さーて、どうなんだろう。
 答は、やはり鳥獣保護法の違反になるそうです。カラスも野鳥だから。人間に害を及ぼすからと言って勝手に駆除してもいけません。以前、石原都政がカラスを駆除したのは、特別な許可があってのこと。そのせいか都民のほとんどは誰もがカラスを大切にしようなんて思わず、ひどい人は殺していい存在だと思っていますよね。カラス駆除に限らず、かのご老人は恐ろしいことをやる方だったのだと、今さらながら思います。



2014.2.14(金) 雪すずめ  おいかけておいかけて♪ 身近な野鳥たち②スズメ
スズメ(雀)  朝から降り続いている雪は、夕方の今、20cmくらい積もっただろうか。
 私は一日中、寒い部屋の中で過ごしている。家人が昼に帰宅し、「よくこんな寒いところにいるなぁ」といささかあきれ気味に言った。いやいや、わずかな暖房はしているよ。時々、室内で運動するとけっこう身体があったまるしさぁ。ほらほら、スズメたちを見てごらん、ずっと雪の中だよ。
 とは言っても、やっぱりスズメたちも寒いんだろうな。肩寄せ合って枝にとまっている姿は健気。隣家の屋根に二十数羽とまって、こちらを眺めていることもある。冬場は餌が少ないので、いつ餌をくれるかと期待しているのだ。
 スズメほどポピュラーな小鳥はいないが、最近は少なくなってきたという話を聞く。人間との関係が深く、人のの住む場所には必ずいて、廃村のように人がいなくなった所からは撤退するそうだ。鳥の本には「スズメは人の生活圏を巧みに利用して繁栄に成功した野鳥」(『庭で楽しむ野鳥の本』 山と渓谷社)と書いてあった。
 「ねぇ、チュン吉、寒いね。お腹がとってもすいてきた」
 「ああ、スズコ、ほんとうに。おいらも、腹へったー。はやく、おばさんがお米くれないかな」
 はい、はい、わかりましたと、私はお米をばらまく。白いお米は雪にまみれて見えなくなった。
 そこへツグミがやってきて食べ始めた。ようやく、スズメもお米の在りかがわかったようだ。

 ──まったく今日もすごい雪。大雪注意報が出てるんだって。でも、先週の雪のほうがもっとすごかったかしらね。吹雪いて前が見えないくらいだったもの。ああいうのをホワイトアウトって言うんだって。知ってた?
 ──ううん、知らなかった。こんな雪は経験してないもんね。そういえば、人間界では『原発ホワイトアウト』って本が出てるみたいだよ。この前、おばさんが読んでたのを見たけど。首をかしげながら読んでたところをみると、何か難しいことが書いてあったのかもしれない。
 ──都知事選の結果が出たとき、おばさんとおじさんは「このまんまじゃ、本当に原発ホワイトアウトになっちゃう」と怒ってた。その本は一応フィクションらしいんだけど、かなり現実的みたいだよ。儲けるために原発を再稼働させたい人たちがいて、まだ原発は安全だと思いこみたいらしい。それで、いろんな汚い手を用いて、日本海側にある原発を再稼働させちゃうというストーリー。ところがね、こんなすごい大雪になるわけ。いや、もっとすさまじい雪なんだろなぁ。そして事故が起こる。原発はメルトダウンしはじる……。
 ──おそろしい! また福島第一原発事故みたいなことが起こるの?
 ──もっとひどいことになるの。まっ、一応、小説の話。だけど、リアルだよね。

 お米を啄みながら、スズメたちのそんな話が聞こえてきそう。心配かけてごめん……。
 雪の中にいるスズメさんたちを見て「雪すずめ」とタイトルをつけてみたけれど、雪でスズメを作るとしたら、茶色の頭と背中には泥を混ぜなくちゃならないね。
 と思ってたら、本当に「雪スズメ」が存在した。全身白いスズメや頭だけ白いスズメがいるそうだ。普通のスズメと一緒に行動しているというから、色素が変異したものなのかもしれない。



2014.2.2(日) モズが枯木で  おいかけておいかけて♪ 身近な野鳥たち①モズ
モズ(百舌鳥)  いやはや、もう2月である。私の1ヶ月は1週間ぐらいの早さかもしれない。
 時間の使い方がどんどん下手になって、ほとんど何も為していないうちに平気で1週間、1ヶ月が過ぎて行く。では、のんびりとしているかというとそうでもなく、いつも何かをしなくてはいけない「課題」が迫っているから始末が悪い。参加申し込みをした講座の読むべき図書すら目も通しておらず、今頃やっと本屋に注文した。この分だと読まずに、会場の隅っこで小さくなって講師の話を拝聴することになるだろう。

 そんな私でも時間を忘れてしまうほど楽しいことがある。それは野鳥を追いかけ回すとき。歩いて30分ほどで東京都の水がめである多摩湖に着く。狭山丘陵の自然が残されているこの付近には、野鳥がたくさん棲んでいる。
 先日はモズ(百舌鳥)を見かけた。この頃の私は勘が良くなり、すぐにモズだとわかった。桜の枯木に止まっているので近づいた。しかし、彼はすぐに逃げてしまう。私は小走りに追いかける。彼は向うの枝で誇らしげに胸をはり、「おろかな人間よ」というように私を見下ろしている。「まぁ、いいさ。この辺なら私のりりしい姿を撮らせてやろう」としばし止まってくれたはいいが、お小言をちょうだいした。
 「お前たち人間はほんとうに衆愚としか呼べないね。億の単位に膨れ上がった人口は自然を壊してしまうほどだ。私の仲間であるスズメだって群れるのが好きだが、そんなにはいやしない。みんな、自然とのバランスをとりながら暮らしている。人間はあらゆる生き物のテリトリーを侵し、今度は放射能をまき散らした。そうして、生命の危機に瀕しているというのに、まだ原発を続けようっていうのだから許せない。そういう輩を政治家として選んでいる人間の気がしれない。お前たち、しっかりせいよ」

 かつて私はモズを猛禽類の仲間だと思っていたが、スズメ目であるそうだ。実際に見るとスズメを一回り大きくしたくらいである。けれど、顔が違う。顔はまさに猛禽類のようだ。タカのような嘴と目元の黒い横線が顔をするどく見せる。(メスは目元に横線がなく、やさしい顔をしている。とすると、オスの横線はメスにもてるためのものかも)昆虫や小型爬虫類を捕って、串刺しにする「はやにえ」という習慣もすごい。

 「♪もずが枯木で鳴いている」 で始まるサトウハチローの詩には哀愁を感じる。「兄さは満州へいっただよ 鉄砲が涙で光っただ もずよ寒いと鳴くがいい 兄さはもっと寒いだろ」の箇所にくると泣けてくる。1月に『血脈』(佐藤愛子)を読んだ。著者はハチローの妹である。佐藤家のスキャンダルとも呼べる出来事を情け容赦なく描いていた。ハチローは、反戦思想を持って清廉に生きてきたわけではなさそうだ。むしろその逆だったようである。しかし、芸術家は心の中に無垢で清らかな鏡をもっている。ハチローは、モズのりりしさと「キシキシキシ」という高鳴き(なわばり宣言)に戦争への警告を感じ取り、心の鏡に真理を写しだしたのだろう。

 鳥を見ると、ついつい追いかけてしまう。時には心癒されやさしい気持ちになったり、心躍りやる気が出てきたり。今年は追いかけた小鳥をアップしていくことを課題にしよう。(……と声が小さくなる。できるかな)