リビングファクトリー★管理人のよしなしごと 日記
猫の花子
2011年1月〜11月の日記

平穏に暮らせたらいいなぁ……。
のんびり、ゆったり。
だけどね、そうとばかりは言ってられないことも
たくさんありますね。

日々感じることを書いてみようと思ってます。


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2011.11.30(水) りんごっこ  ♪真っ赤なりんごっこさ、ほっぺたこ くっつけて
りんご(紅玉)  先週、りんごジャムを作ったとき、紅玉の赤があまりにも鮮やかなので写真に撮ってみた。まるで絵画のような美しさ。いやいや、りんごが美しいからこそ絵描きは絵に描くのだよね。
 ♪真っ赤なりんごっこさ ほっぺたこ くっつけて だまっでみでいる青い空 りんごっこは何にもしゃっべらないけれど りんごっこの気持ちは よぐわがる りんごっこ めごいや めごいや りんごっこ♪
 東北(青森)弁の『りんごの唄』を思い出した。もうかれこれ40年も以前の思い出。高校の修学旅行はコースを選択でき、私は東北にした。その修学旅行で、バスガイドさんが歌ってくれたのが、この『りんごの唄』だった。(うろ覚えの歌詞が正しいかどうかはわからない)
 何とも言えない東北弁の温かさが心に残った。
 修学旅行の最後の日だったか、青森駅でおみやげを買った。駅前には赤くて大きなりんごがたくさん並んでいた。と、誰かがりんごをかじりながら、大きな声でしゃべっている。テレビで見たことがある人、何と立川談志だった。皆に囲まれて、あの独特の声で「りんごはうまいねー」と言っていたようだった。
 今年、東北は大震災にあった。先日、談志さんも亡くなった。
 東北のりんごは、今、どんな気持ちで青い空を見つめているのだろう。戦後の焼け跡の中で、『りんごの唄』は人々に復興の希望を与えたというが、今年のりんごは被災地の人々に温もりを与えているかもしれない。

 私はりんごが好きなので、今秋はいろんな種類を食べてみた。つがる、シナノスイート、シナノゴールド、ジョナゴールド、ふじ、そして紅玉。みんなおいしかった。
 りんごの赤さを眺めながら、東北の被災地や福島の人々に申し訳ないような気もちになってしまう。政府を非難したり、原発はいやだといいながらも、私は何もしていない。ただ、りんごを食べているだけ……。

 りんごに含まれるペクチンは、放射性物質セシウムを体外に排出する働きがあるらしい。どんどん食べよう。



2011.11.1(火) 幸いの国  秋のあたたかな日に思ったこと
チェリーセージとハチ  あたたかく、いい秋の日。庭の柿の葉が色づいて落ちてくる。
 「この葉っぱの中にもセシウムが入っているんだろうな」と思う。
 落葉の行く先は焼却場なのだが、その灰には放射能が……。東京電力に引き取ってもらいたいけど、きっと拒否するよね。
 そのうち、誰かから「ゴミを出した人がいけない」、「庭には木や花なんか植えずに、草も生えないようにコンクリートにしろ」なんて言われたりして。そうやって暮らしを砂漠化すれば、放射能のゴミは確かに少なくなるかも。だけど、福島第一原発から降ってきた放射性物質の量は変わらない。地面に染み込んで地下水を汚していくのかな? 道路の側溝に流れ込んで、川にいって……。それでそれで……考えていくと、もうわからなくなってくる。もうずっと、一日たりとも原発事故と放射能のことを考えない日はない。誰もが安心して暮らせる日が早く来ますように。

 『てんしん日記』さんがブログをこまめに更新している。(えらいなぁ) その中に日本がベトナムへ原発輸出をすることが書かれていた。それを読んで、あの日のことを思い出した。
 1975年4月30日。サイゴンが陥落しベトナム革命は勝利したのだった。そのニュースは全世界の人々に希望を与えたと思う。そのころ、集会などに参加して、「自由ベトナム行進曲」という歌を覚えた。今でもベトナムでは歌われているのだろうか。(歌詞を探していたらこんなサイトを見つけました。音を聴けるよ。)

  ♪若い我ら 人民のため 希望の道ひらく/自由の国 とりかえすまで 強く闘う我ら
      奴隷のように こきつかう者 占領者を追い返せ/解放の国 築く我ら 若いベトナム兵士
  ♪この苦しみ 激しくとも それは尚つづかぬ/解放の時 決する今 強く闘う我ら
      想いおこせ ホーチミンの声 南の若者よ/闘いとれ 幸いの国 自由ベトナム兵士

 アメリカに負けなかったベトナム、人民が闘いとった幸いの国。どうか原発なんて輸入しないでほしいと願う。
 こんなことを書いていたらピンポーンとチャイムがなった。ある議員さんの事務所の方が来た。原発のことを話しながら、線量計で玄関先を計ってくれた。目盛は0.09〜0.10マイクロシーベルトを行ったり来たり……。



2011.10.24(月) 『小さな空』を聴きました  第9回「元気の出るコンサート」
 きのう(10/23)は、ルピナス合唱団のコンサートを聴きに立川市幸学習館までお出かけ。
 結成からずっと続いている『元気の出るコンサート』は、今年で9回目だという。歌のジャンルも広がっているし、年輪を重ねるごとに実力を身につけているルピナス合唱団。(などと素人の私がいうのもおこがましいが)今回は「見上げてごらん夜の星を」「じゃあね」など、10曲披露された。
 「みなさんご一緒に」のコーナーでは、「月がとっても青いから」「村まつり」。元気で明るい歌を大勢のお客さんと一緒に楽しく歌う。それが、このコンサートのひとつの特徴かもしれない。
 ルピナス合唱団が、今回とくに力を入れていたのが、「小さな空」(作詞・作曲/武満 徹)だった。
 最初に詞を見せていただいたとき、しみじみとして何と映像的な詩だろうと思った。
 そして、コンサートで歌を聴いた。美しいハーモニーとピアノの調べ。その音は詞のイメージをさらにふくらませて、私たちをあの頃の空にいざなう。ぽかっと浮いた白い雲と青い空がみえてくる。それは懐かしい子どものときにみた空。悲しかったり、くやしかったり。掌を握り締めて、涙をその中に閉じ込めて。夕暮れて、うっすらと冷たい風が涙の頬をさすっていく。悲しいけれど、何とはなしに心地よいあの感覚……。
 このごろ、原発事故のざらざらとした感触の話題ばかりで、いささか疲れている。そんなときに聴いた「小さな空」は、心が癒されるようだった。

 私は後ろの席で「小さな空」をカメラで録音しましたが、やはり音質がわるくなってしまいました。(しゅん……)画像などをいじって、You Tubeにアップしました。よろしかったらご覧ください。http://youtu.be/VjAxwOqSYO4(YouTube アドレス)





2011.10.6(木) 雨の日の楽しみ方  おもしろいラジオ番組をネットで聴く
コスモス  昨日は一日中雨。晴耕雨読といきたいところだったが、とても目が悪くなってしまって、最近は活字を読むのがつらくなってしまった。(というのは言い訳かな?)
「雨の日こそラジオ!」と思ったのだが、いかんせん必要とする情報が選べない。
また、「いいこと言ってたな」と思っても、その言葉はすぐに消えてしまう。
 ところが、最近ラジオ番組のいいとこどりが流行っていて、聴きたい情報がインターネット上にアップされている。(以前からかもしれないが)
 だから、有難いことに、昨日のような雨の日には、たっぷり楽しむことができた。

 今、ときの人である小出裕章さん(京都大学助教)は、関西のラジオ番組『種まきジャーナル』に電話出演されている。原発事故に関し、小出さんの的確なコメントを聞くことができて、この番組のファンになった人は多いことだろう。
  http://hiroakikoide.wordpress.com/ のサイトに随時アップされている。

 そういう良い番組は関西だけかと思っていたら、他にもあった。
 私は前回の日記に鉢呂大臣の辞任について書いたのだが、その後、気になってあれこれ検索してみた。
 すると、文化放送『吉田照美 ソコ ダイジナトコ』(略して『ソコトコ』)という番組があるではないか。鉢呂大臣辞任の件が明快に語られている。(9月15日放送)声を聴いていると、歯切れのいい流暢な日本語なので、てっきり日本人がしゃべっているのかと思ったら、アーサー・ビナードさんというアメリカ人であった。
 http://www.youtube.com/watch?v=gkEzjq3x2og&feature=player_embedded 〈その1〉「鉢呂氏辞任問題」
 http://www.youtube.com/watch?v=sbcWRpIWis8&feature=related 〈その2〉「土を返せ」
 アーサー・ビナードさんて、こんなに素敵な人なんだなー。

 また、『ソコトコ』には、フリージャーナリストの上杉隆さんの回もあった。
 http://www.youtube.com/watch?v=iga1XTu-fUE&NR=1 9/21放送分 上杉隆氏の3(1と2もあります)
 おもしろかったので、最後のほうだけ文字に起こしてみましたよ。

(Y:吉田照美、U:上杉隆)
「……細野原発事故担当大臣が一昨日、事故を起こした福島原発の原子炉に関して、予定を早め、年内にも冷温停止状態にするとよく表明できましたね」
「細野さんは京都大学でまさか原子力を学んでいるとは思いませんでした。しかも物理学か何かで。これは、たぶん世界の原子力科学者の中でも誰にもできなかったことをやろうとしているんです」
「そうだ、すごい人ですね」(笑)
「尊敬しました」(笑)
「だけど、細野さんは自分の内心ではやっぱり忸怩(じくじ)たるものは感じている人なんでしょ?」
「いや、細野大臣て意外と正直なんで、できないことはできないと言うんですけれども、こういうふうに言っているってことは、完全に騙されて洗脳されて……」
「騙されるのかねぇ」
「そして、こういうことを言っているんです。『冷温停止する』と言うんだったら、できるんだったら本当にがんばってほしいなぁと思いますけど、できませんね。どうやってやるんだろう。もしかしたら自分で突っ込んでいくのかなぁ」
「そんなことができるんだったら、チェルノブイリだって、もうとっくに冷温停止になっているはずなんですね」
「何とかそういうことで、あまり生命とか──まだ30、40歳になったばかりなんで、人生を無駄にするようなことをして欲しくないと」
「本当にそうだよね」
「(細野さんが)ジャミラとかゴジラになっちゃったら困りますからね」(笑)

      ※写真は、畑に咲いたコスモスをコップに活けたもの。



2011.9.12(月) マスコミ報道の真偽  鉢呂さんは引責辞任する必要があったのだろうか?
練乳入り果実苺  昨夜の月はくっきりとして、月明かりが部屋まで射しこんできた。
 あまりにも月が美しいので、蕎麦屋に行くときに携帯で写してみた。けれど、出来はごらんのとおり……。夜景をきれいに写せる機械が欲しいなぁ。
 天界は清らかな月が輝いていたが、下界は9月なのに蒸し暑かった。人間界はさらに蒸し暑く、政界は“ドジョウ内閣”せいか、やたらどろどろしている。

 昨日の新聞の一面には、鉢呂経産相の辞任が大きく報じられた。原発視察をめぐる一連の失言の責任をとっての辞任。内閣発足からたった9日目のことだった。失言内容はというと次の2点。
 1.9日の記者会見で、「(原発周辺は)人っ子一人いない。まさに死の町だった」と視察の感想を述べたこと。“死の町”という言葉が問題とされた。
 2.8日の福島原発視察直後、非公式会見の場で一人の記者に「放射能をうつしてやる」というようなしぐさと発言をしたこと。発言したということばは、マスコミ各社全て異なって報道されている。
 うーむ。私にはの“死の町”発言がなぜいけないのかわからない。
 の発言としぐさについては真偽のほどが定かではない。また、マスコミはいつもこのように非公式発言を大きくとりあげていただろうか。記憶に新しいところでは、例の松本元大臣のオフレコ発言だったか。
 今まで、私は政界の人事にはあまり関心がなかった。が、原発事故が起きてからは気になってしまう。
 野田内閣が誕生した。私には、それがドジョウだろうが金魚だろうが、そんなことはどうでもよかった。そもそも期待するものがなかったから。内閣誕生直後に経団連にご機嫌伺いにいくような政権に、人々の暮らしが見えようはずもない。そんな中で、へぇーと感心したことが一つあったのだ。
 それは経産大臣になった鉢呂さんが「原発ゼロ」をめざすと言っていたことだった。脱原発を言わない内閣だとがっがりしていたが、経産大臣がこう言うのだったら、少しは未来が明るいかしらと思ったのだ。
 原発事故被害の真実が明らかになればなるほど、私たちは生きた心地がしない。福島の人々の苦しみはいかに。子どもたちの未来はいかに。私たちの明日は果たしてあるのか。
 福島原発事故の収束のメドもたたず、こんなに不安な毎日なのに、某大手新聞社は「『脱原発』に決別を」と原発再稼働の社説を掲げた。その直後の鉢呂大臣の失言報道。ものすごく作為的な感じがする。鉢呂さんが原発ゼロを明言したから、このような報道のワナが仕掛けられたのでは?とついつい疑ってしまう。誰がワナを仕掛けたのか、謎解きは「簡単カナカナカナ」とヒグラシが鳴きそう。
 今、ラジオのニュースは、後任に枝野氏が就いたと伝えた。私は思わず、キツツキ、いやあのウソツキがねぇと心の中でつぶやいてしまった。



2011.8.26(金) 青森県六ケ所村  夏の旅行で行ってみました
 この頃、とみに忘れっぽくなってきた。
 「えーっと、アレ、アレよ」と名詞を忘れることなど日常茶飯事。もっとひどいのは、「そんなこと、あったっけ?」という事態。夏の旅行のことも忘却の彼方へ……ってなことにならないうちに書き留めておこう。
 今年も東北を旅行した。(昨年は三陸海岸沿いを北上。まさかその三陸海岸が未曾有の津波被害に会おうとは想像だにしなかった。)
 青森中心の2泊3日の旅で、3日目は「六ヶ所村に行ってみよう」ということになった。夫婦でピタッと意見が一致したのも、福島原発事故の衝撃が大きかったからだと思う。

 六ヶ所村は下北半島の付け根に位置し、そこには核燃料再処理工場がある。日本中の原発から出た使用済み核燃料がここに集められ、その中から核燃料のウランとプルトニウムを取り出すはずになっているが、1993年に工事着工以来、いまだ本格稼働はしていない。
 その間に使った費用は2兆1930億円という厖大なお金。最大処理能力はウラン800トン/年、使用済燃料貯蔵容量はウラン3,000トンであるが、すでに満杯とのこと。
 ちなみに本格稼働した場合、空と海に放出される放射能は1日分で原発の1年分とも言われている。
 と語ったものの、その予備知識もないまま、私たちは六ヶ所村に向かったのだった。

 青森駅の方から車で回った。「六ヶ所村→」という標識だけを目印に広域農道を進んでいったら、そのうちものすごい豪雨。山あり谷ありの険しい道は恐ろしいほどの様相になり、北の果ての過疎の地域に核のゴミを押し付けていることが実感できた。(太平洋側から行くと少し開けた感じがするかもしれない)
 すさまじい豪雨を抜けて、「六ヶ所原燃PRセンター」に辿り着いた。さっそく入館(無料)し、3階建ての建物を見学してみた。きれいな施設であり、子どもが喜びそうなゲーム感覚のモニターがたくさん並んでいた。疲れていたこともあり、文字は読む気にもならなかった。3階まで上ると、展望台になっていて周囲がよく見渡せる。太平洋側が平地で、そちらに再処理工場が広がっていた。
 地図(クリックで拡大)を見ると、ウラン濃縮工場低レベル放射性廃棄物埋設センター高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター再処理工場……などと書かれている。こんなにも施設があったんだ!
 右上写真はそのときに撮ったものである。(クリックで拡大) 再処理工場と思われるが、その施設からはモクモクと白い蒸気(煙?)が立ち上っていた。試運転中でも放射能が出ているんだろうと想像し、何だか不安な気分になってしまった。この施設内には、低レベルの廃棄物が埋められているのだし、既にここには3000トンもの高レベル廃棄物が満杯に貯蔵されているのだから、安全なわけがない。
プールの中の核燃料(模型) きれいすぎるほどの建物の中で、「クリーンなエネルギー」「地球にやさしいエネルギー」というようなことばを見ると、福島の事故などなかったかのような錯覚に陥る。
 けれど、PRセンターの真ん中には再処理工場内の模型があり、プールの水中に使用済み燃料が揺れているではないか。放射性廃棄物のドラム缶や燃料棒の模型も展示されていた。模型とはいえ、それは生々しかった。それらを見ているだけで原発事故が想起され、背筋が寒くなってくる。
 適度に冷房がきいた館内には客が10人程度、受付のきれいな女性が3〜4人。お土産売り場まであり、別館はレストランだった。それなのに、小さなトイレに「節電」と書かれているのには笑ってしまった。
 帰る頃、激しい頭痛に襲われた。疲れが原因だろうが、体や心が原発を拒否していたからかな。

六ヶ所村風力発電 左の写真は私が撮ったものではないが、美しい風景なのでお目直しに。これは同じ六ヶ所村に立っている風車である。(日本風力開発株式会社のHPのギャラリーからいただいてきた)
 例のPRセンターから風車がよく見える。再処理工場の周りに77基も建っている。訪れた日のお天気は悪かったが、晴れた日にはこの写真のように美しいことだろう。
 先日みた映画『ミツバチの羽音と地球の回転』(鎌仲ひとみ監督作品)は、山口県祝島で原発に反対する人々のドキュメンタリーであった。また、スウェーデンの風力発電も紹介され、自然エネルギーに明るい未来を見ることができた。そして、映画の最後のほうに少し登場したのが、ここ六ヶ所村の風力発電。ここで作られた電力は東京にも運ばれているということだった。 六ヶ所村でホッできる景色である。



2011.8.13(土) 真夏の夜のしあわせ  AKAGIしぐれを食べるとき
練乳入り果実苺  ♪ほーねま〜でとけるよな〜 ……♪ 誰の歌でしょう?
 はい、私が歌った『真夏の夜の夢』。ユーミンの歌です。
 もう暑くて暑くてやってられない毎日。何かがブチ切れたように、「行こう!」ってことになり、妹たちとカラオケ店に行った。たぶん、お正月以来。たまに行きたいなと思っても、震災後は何となく罪悪感があって、誰も行こうとは言い出さなかった。妹は大の歌好きなのに。
 この暑さの中、世の中節電モード。暑さを思い知れとばかりに「節電」と言われると、電力不足が“彼らのウソ”だとわかっていても、クーラーをガンガンつけるのには気が引けてしまう昨今。といっても私は、もう数年来、よほどの暑さでない限りクーラーはつけない。何と今年8月分の電気使用量は、昨年より24%も少なくなっている! 最近は暑すぎるので、電気掃除機も2日に1回しか使わなくなったからかな。とくに節電に協力しているわけじゃない。数年前から酷暑・猛暑と言われる夏になり、その頃から「暑さに慣れるしかない」とあきらめ、なるべくエアコンに頼らない生活をしようと思い始めた。

 だが、だが、しかし! さすが夜の暑さばかりは耐えきれない。32℃もあると、骨まで溶けそう。
 夕飯を食べたあと、家人は風呂に入り、私は散歩に。2人とも汗をかいて、そのあとに真夏の夜のしあわせが待っている。「あー、このときが一番しあわせだね」と、氷菓子を一さじ一さじ口に運ぶその時。
 「練乳入り果実苺」という商品は、サクサクの氷の真ん中に砂糖で煮詰めた苺が入っていて、その下にとろりとした練乳が隠れている。さらに容器の底に辿り着くと、そこにも練乳があり、楽しみが二重三重なのだ。
 食べ方・楽しみ方は人それぞれ。私はハジからスプーンで削り、苺と練乳と氷の断層を眺める。そして、ひとつひとつの部位を味わいながら食べる。家人は全体をゆるく溶かして、かき混ぜて食べる。
 以前は「練乳入りあずき」を食べていたのだが、お店から突如姿を消した。変わりに登場したのが、この「練乳入り果実苺」だった。これらは赤城乳業の製品で、どちらも美味しい。間違って他社の商品を買ってきたことがあるが、やはり赤城にはかなわない。氷のシャリシャリ感が絶妙なのだ。
 食べ終えたあと、ほのかに甘い感触が舌に残り、清涼感が体に満ちる。
 試しにネットでこの「練乳入り果実苺」を検索してみた。なんということか、赤城のサイトに載ってない。のんびりした企業なのかな。 けれど、ファンが多いらしくて、いろんな人が称賛していた。
 今夜もこれを食べるのが楽しみ。



2011.7.31(日) 窓辺のヤーくん!  ニホンヤモリは真夜中のお友だち
窓辺のヤーくん(日本守宮)  ピトピトピト…チョロチョロ…パク、ウッ、モグ。
 何の擬音? となりの写真を見れば一目瞭然、ヤモリくんの音ですョ。
 細かく解説すると──吸盤のついた足で網戸の上をゆっくり歩き、獲物を見つけて足早になり、ぱっと捕えて口に挟み、飲みこもうと喉を鳴らし、「おいしい」とつぶやいて食べる。ヤ―くんのお食事の風景を音で描写したのだけれど、どうかしら?
 さてさて、ヤーくん、本日はおいしい料理がそろっていますか?

 夜、居間の窓に小さな虫が寄ってくる。それがヤーくんの餌である。
 家に来るヤーくんを紹介しよう。彼はニホンヤモリ。体長は10センチくらいで、お腹は肌色、背中はたぶん灰色か褐色である。(私の側からは外が見えない)かわいい目をしている。美食家であり、活きのいい小ぶりの蛾が好物。天から与えられた役目は、人間の家を守ること。だから、山間部にはあまり住むことがなく、都市部に多く居住する。どちらかと言うと都会派。ニホンヤモリと名付けられているが、ルーツをたどると外来種らしい。おそらく私たちの祖先である渡来人とともに、大陸からこの列島にやってきたのではないだろうか。
 そして、天敵は鳥や猫! 「おばちゃんちの猫は、とくにひどかった。今は猫がいないから、こうしておばちゃんと友だちになってあげるんだよ」とヤ−くんはもの静かに言った。
 「ああ、そうだった」と思い出す。歴代の猫たちの所業は罪深い。私がヤモリの存在を知ったのは、猫が咥えてきたからだった。ヤモリはキュッキュッと鳴いていた。猫は彼の動きがお気に入りで、じゃれ回していた。逃げ延びたヤモリが家具の後ろで暮らしていたこともあったっけ。
 ヤモリは漢字では「守宮」「家守」と書く。何と有難い名前だろう。
 今朝がた、揺れた。新潟・福島の豪雨に加え、また地震だ。恐くてテレビをつけると、福島沖が震源地、福島は震度5強ということ。福島原発が更にひどいことならないか、不安は募った。自然災害はある意味、受け入れざるを得ない。しかし、人災がそれに輪をかけるとすれば、それは許されない。
 私たちの先人は自然と共存し、ヤモリのような小さな動物にも願いをこめて名前をつけたのだと思う。



2011.6.27(月) 都知事へ“脱原発のお願い”  6/28は東電の株主総会だそうで……
紫陽花  はぁ〜、鼻水、涙、息苦しさ……。だるくてたまらない。
 たぶん、風邪だろう。回りにも、体調不良の人が多い。
 原発のせい? この頃はそんなふうに反応してしまう。何しろ、東京にもけっこうな量の放射性物質が降ったから。(ずっとあとに知ったわけだが)
 あの頃、“計画停電”と言われりゃ、「こんな事態だし、ウチも協力しよう」なんて騙されて、大量の放射性物質が飛んでいたことも知らなかった。寒さをしのぐために、私は散歩して体を温めていたわけだわね、愚かなことに。
 今まで東京電力や政府に騙され続け、また“電力不足”だとか“増税”だとか“原発再開”だって? もう騙されてたまるもんか! 体調が悪いから、つい口調がきつくなっちゃうよ。

 今にも横になりたいけれど、ちょっと頑張って電話をした。怒らず、慎重に、礼儀正しく。
 どこにかって? そうそう、それが大事なこと。相手は石原都知事です。と言っても、当然(?)取り次いではもらえずに、担当部署に回されたわけ。担当部署は「交通局財務課財務係」。

 担当:はい、交通局の財務課です。
 :明日は東京電力の株主総会です。東京都は東京電力の大株主で、42,676株もっているそうで……。
 担当:いえ、約4267万株です。
 :えっ、そうですか?(と自分の間違いに慌てながら) 原発事故が起きて、私は東京都が大株主であることを知りました。また、都バスがその配当で運営されていたことも初めて知ったわけです。
 福島第一原発事故では大きな不安に突き落とされてしまいました。こんなに危ない原発はやめていただきたいと思います。そこで都知事にお願いがあるのです。この事故について東京電力に抗議して欲しいと思います。東京都は大株主なのだから、都知事が明日の株主総会に出席して、脱原発のためにがんばってもらいたいと思っています。こういう都民の声をぜひ都知事にお伝えください。よろしくお願いします。

 こんな電話をしてみた。そのきっかけは土曜日の「愛川欽也 パックインジャーナル」という番組であった。東電株主総会の話題になったとき、あるコメンテーターが「こういう時こそ都知事に電話すべきですよ。都は大株主なんだから。都民はその一員なんだし、石原都知事に株主総会に出て脱原発を言ってもらわなければ」と提案した。「そりゃ期待できないですよ」「いやいや、都民の一人として知事にそれを伝えることが大事」「都民のたくさんの意志を伝えれば、知事も言動にも気を付けるようになる」「どんな電話の仕方がいいんでしょうね」というような話で番組が盛り上がっていた。観ていて、「私も!」という気分になった。(この番組はおもしろいのだが、地上波ではない。有料契約が必要。You Tubeなどにアップされていることもある。)

 愛川欽也 パックインジャーナル:http://asahi-newstar.com/web/01_packin_journal/?cat=18 
 東京電力の株式等の状況:http://www.tepco.co.jp/ir/kabushiki/jyokyo-j.html
 都バスの記事:http://www.asahi.com/national/update/0525/TKY201105250203.html



2011.5.13(金) 「原発さえなければ」  酪農家のつぶやきと『10万年後の安全』
公園  ♪若草もえる丘の道、心もはずみ身もはずむ ……♪
 そんな緑が輝く季節になった。庭木の若葉も美しい。
 けれど、牛たちは新鮮な牧草を食べてはいけないという。
 筍も新茶も汚染され、私たちは旬の恵みも享受できないらしい。
 そして、福島の人々は言語に絶する苦しみの中にいる。
 「原発さえなければ」と福島の酪農家はつぶやき、“安楽死”に向かう牛を見送った。「ごめんね」と涙をこぼして。牛はわずかに抵抗したが、自らの運命を察知したかのように悲しげな眼をして車に乗せられて行った。古里を追われる初老の酪農家夫婦にも明日の保証はない……。

10万年後の安全の1シーン マイケル・マドセン監督  連休中に『10万年後の安全』という映画をみた。
 フィンランドではオンカロを建設中である。そのドキュメント映画だった。
 オンカロとはフィンランド語で「隠し場所」を意味するそうだ。
 そこに何を隠すのか。それは原子力発電所から出た高レベル放射性廃棄物である。廃棄物が安全になるためには10万年かかるという。(100万年とも言われているが、人知が及ばないほど永久的ということだろう)
 オンカロは10万年間耐えられる設計だそうだ。地下変動がないとされるフィンランドのオルキルオト島、その固い岩盤の地下500メートル先が廃棄物の埋蔵場所だ。そこがいっぱいになったら、幾重にもふさぎ、後にそこは自然に還され、オンカロが二度と掘り起こされないようにしていく。
 映画は未来の安全性を問いかける。近未来の人間たちはオンカロを保守していかねばならないが、1000年後は?、10000年後は?、100000年後は? 伝える方法をどうする? 文字は通じるのか。10万年後の人類は想像できないほど変化(進化?退化?)しているだろう。「決して入らないように」と言っても、人間は好奇心が強い動物なので、オンカロを開けてしまうのではないか。映画は、このプロジェクトがさまざまなことを討論している様と廃棄物の危険性を観客に伝えた。画面に写った岩盤のように重い映画だった。原発を推進してきた人たちこそが見るべき映画かもしれない。以下、映画チラシより転記する。

未来のみなさんへ─ ここは21世紀に処分された放射性廃棄物の埋蔵場所です。決して入らないでください。/あなたを守るため、地中深くに埋めました。/放射性物質は大変危険です。透明で、においもありません。/絶対に触れないで下さい。/地上に戻って、我々より良い世界を作ってほしい。/幸運を  マイケル(マイケル・マドセン監督の署名)

 「原発さえなければ」と言った福島の酪農家のことばが胸にせまる。



2011.4.12(火) 4.10 高円寺・原発やめろデモ!!!!!!   
4.10 高円寺・原発やめろデモ!!!!!!  4月10日の 「高円寺・原発やめろデモ!!!!!!」には15000人が参加したという。 すごいなー。実は私も行ってきたのよ、1人で。(私、ニコっと微笑んでる)当日、会場はあふれんばかりの人・人・人。ここで元気をもらってきた。

 とにかく人がいっぱい、若い人がいっぱい。
 プラカードを掲げたり、菜の花を持ったり、奇抜なコスチュームを着たり、音楽を奏でたり、踊ったり。子どもの手を引いて歩く若いお母さん・お父さん。人があふれ、活気があふれ、今を変えようとするエネルギーがあふれていた。
 「原発反対」「原発いらない」「原発とめよう!」「やっぱり原発、ぜったいダメ!」それぞれのことばが声になって、にぎやかに街に響いていた。
 「今まで無関心ですみません」の看板は素直でいいなぁ。
 「私は双葉から来た原発難民です」と書いた段ボールを掲げている人には胸を打たれる。
 たくさんの人を見て興奮し、若いエネルギーに感動した。どんどんこういう運動が広がればいいと思う。
 テレビでは報じないと思っていたが、当日夕方にニュースになったとか。新聞にも記事が載ったそうだ。

 リンクを2つ。 
  ★友人が教えてくれたサイト「ユニオンチューブ」は、高円寺デモの様子がとてもよくわかる動画。
  ★今流行している斉藤和義さんの「ずっとウソだった」がおもしろい。(歌詞入り画像が私のお気に入り)
   無名な人かと思ったら、斉藤さんはかなり有名なミュージシャンであると妹が教えてくれた。私って無知……。




2011.4.4(月) オオタカの動画  信じられないような日曜日の午後
空堀川のオオタカ  昨日、オオタカに会った。いつか近くで見たいと思っていたが、こんなに早く出会えたなんて! 信じられないような日曜の午後だった。

 震災や原発事故が心を重くしている。マムくんがいなくなってしまったから、よけいに心は暗い。だから、いつもより寂しく孤独な日曜日。
 おまけに昨日は、どんより薄曇りで寒かった。散歩に出たものの、灰色の空は咲き始めた桜や芽吹いた青柳さえも悲しく見せる。
 空堀川を下って久米川駅まで行った。明るい色のパーカーが欲しかったけど、気に入ったものがなかった。
 帰り道、空堀川ではカルガモやコガモたちが何となくせわしない。ちょうどアヒルは交尾をしていた。鳥たちには恋の季節がやって来たのだろう。この頃はコサギやダイサギもあちこちで見かけるようになった。岸には雑草が青く伸びはじめ、コサギの白さがより美しく川に写っていた。
 そんなことをぼんやりと目にしながら歩いていたら、カラスが挙動不審。変だな。
 と思ったら、薄茶の鳥が何か獲物を捉えて地面に押さえつけている。
 向う岸にいたのは、オオタカだった!オオタカがコガモを捕えて、今目の前で捕食していたのだった。私の前にいた親子連れも携帯でそれを写していた。
 そうだ、私も! カメラを12倍にしてカシャカシャ。あっ、動画という手があった。えーとえーとここだっけ? ダイヤルみたいなものを回して動画にしてみた。
 ドキドキドキ。オオタカは5mくらい前にいて、こちらをチラチラと睨みながら、平然と食べていた。こんな光景を見ようとは予想もしていなかった。せいぜい空高く飛ぶ姿を捉えることができたらラッキーだと思っていたが、こうして間近で出会えたことは運命的な気がした。
 そのオオタカは茶色の羽と縦縞から、まだ若い鳥だと思われる。

 帰宅して動画を見ると、初めての撮影にしては上出来! ユラユラ動いているけど、ちゃんと写っていた。私は、大胆にもそれをYou Tube にアップしようと考えた。そしてやってみた。
 (下にもありますが、こちらがYou Tubeのアドレス http://www.youtube.com/watch?v=0oeH9_BxHcA)
 低血圧・低体温で萎れていた私が、オオタカの登場で元気になれた日曜の午後だった。





2011.3.31(木) “今、わたしにできること”  旅だったマムくんへのお願い
玄関先の菜の花  畑にも菜の花、玄関先にも菜の花が咲いた。
 ようやく暖かくなったのに、急に元気がなくなって……、一昨日(29日)向こうの世界に行っちゃったね、マムくん。まだ4歳の若さだったのに。
 1歳頃、高熱を出してウチに来て、そのまま居付いたマムくん。「お宅で保護しなかったら、もっと早く亡くなっていたかもしれないですね」と獣医さんに言われたことだけが救い。3年間、一緒に暮らしてくれて、ありがとう。

 マムくん、お願いがあるの。そっちの世界のサクラや花子やマム1世(マムの実の父ちゃん)や皆に、「原発事故が早くとまるように祈って」と伝えて。猫には不思議な力がありそうだから。母さんも「とまる方法」をネットやニュースで探してみてるんだけど、見つからないの。
 時々耳をすましてみるよ。ラジオやテレビから安心できる情報が聞こえてくるかと思って。色々な声が聞こえてきて、「うんうん」と頷いたりしている。でもね、「何言ってるんだ、このおっさん」というような腹立たしいマスコミの人もいる。「原発がなかったら生活できない」「火力発電は石油だからコストが高くつく」とか、福島第一原発事故の大被害を前にして、よく平気でそんなことを言えるもんだと思う。
 世の主婦(主夫)はえらいよ。今までだって日常生活で節電を心がけてきたもの。計画停電みたいな緊急事態になれば、洗濯機の代わりに手洗いするし、掃除機がダメなら雑巾がけをする。電気ごたつの代用に湯たんぽしたり、重ね着したり。マムはよく知ってるよね、しょっちゅうユッコおばちゃんが話してたから。
 「今、わたしにできること」というCMがあるけど、そこに「いますぐ原発はやめようって言おう」と続けたくなるね。ずっと原発に反対している人たちがいて、現地で体をはって闘ったり、デモや集会したり、署名運動したりして、原発の危険性をみんなに訴えていたんだよ、マム。だけど、マスコミはほとんど報道しなかった。それどころか、反対運動をしている人たちは弾圧された。今こそ、みんなで原発に反対しようって言わなくちゃ。
 最近のニュースを見たら、元野球選手が故郷・福島から避難してきた人たちの支援に駆けつけたんだって。福島出身の西田さんや秋吉さんといった俳優さんたちと一緒に。良いことだよね、マム。
停電の夜のマム(猫) その元野球選手は今の民主党政権を非難していた。この人も自分の故郷の惨状に本当に心を痛めていたからだと思う。それに、この人のお兄さんは酪農を営んでいて、原発事故のせいで大きな打撃を被っているから。
 マム、実はこの人、原発を推し進めてきた前政権を支持していたし、自らも原発推進のCMにも出ていたんだよね。だからどうこうと彼を批判しているわけではないよ。だけど、「今までの自分は間違っていた」と一言ほしかったな。
 じゃ、マムくん、私のお願いをよろしく。またいつか会える日まで、さようなら。



2011.3.17(木) 貧者の一灯  被災地の復旧を祈念いたします
貧者の一灯  みなさま、安寧にお過ごしでしょうか?

 私の住まう地区は、昨夜ついに計画停電が実施されました。
 夫が帰宅し、二人でおにぎりを食べながらニュースを見ていました。その時、プチっと停電。7時少し前だったと思います。(それから2時間弱、停電は続きました)
 やっぱりドキッとしましたね。懐中電灯をつけて、ロウソクをつけました。懐中電灯の電池の節約のためです。ロウソクは仏壇用のものを手に入れることができました。燭台は装飾用のものがありましたが、缶も応用してみましたよ。写真はマム(猫)の餌が入っていた缶です。仏壇用のロウソクは10分弱しか持ちません。できたら、もう少し太いロウソクがあると便利だなと思いました。
 湯たんぽとビンにお湯を入れて暖をとりました。腰に敷いたり、お腹を温めたり。
 何もやることがないので、焚いてあったお風呂に入りました。1本のロウソクの光で充分。むしろ、普段よりもずっといい感じの入浴時間を演出してくれました。
 ロウソクの灯りと携帯ラジオの音、それが暗闇での救いになりました。そして、これくらいの停電なら少しの工夫で何とかなると自信がつきました。(ただし、ロウソクはすぐに消せるように気を配らねばなりません)
 それから、電灯のもとでお風呂に入ることができたなら、簡単な洗濯もしています。その洗濯物で体も洗います。小家族では洗濯機を回さなくても済むことが多いですね。これは友人のK子さんの旅体験からヒントを得ました。K子さんは海外旅行に行くとき、最小限の荷物にし、簡単な衣類は入浴時に洗えばいいと言っていました。「自分の下着だからね、ついでに体も洗っちゃうのよ」、なんと合理的なことでしょう。

 ニュースは内外の著名人の厖大な寄付金額を伝えます。すごいなぁ。
 被災地はまだまだ寒く、人々は不安にさらされています。私にできることはなんだろうと考えましたが、あまり思いつきません。できることは多少の募金をすることぐらいです。
 昨日、私は「表紙写真のコラム」に「私たち一人ひとりは聖人君子ではない」「高潔な人格者でもない」と書きました。が、ちょっとだけそういう人間を目指そうと思います。あるいはそういう人になったつもりでいれば、もしかしたら何か役に立つことができるかもしれません。
 気持ちだけしか表せないけれど、1日も早い被災地の復旧を心より祈念いたします。



2011.3.12(土) 大地震の恐怖  被災地の皆様、お見舞い申し上げます
3.11大地震  大地震で被災された地域の皆様、お見舞い申し上げます。

 みなさま、ご無事だったでしょうか。
 私は今、ラジオを聴いています。毎週土曜日のTBSラジオの番組です。
 いつものエイさん、サンちゃん、外山アナウンサーなどの声、流れるコマーシャルソング、交通情報などを聴いていると安心できます。また、聴視者からの地震体験が落ち着いた語り口で伝えられているのは、何よりの精神安定剤です。
 パソコンを開き、友人のブログを見ると、『てんしん日記』さんは11日当日に“地震速報”をアップしていました。彼女の素早い対応に感心しました。すごいなぁ。
 遅ればせながら「私も」と思い、アップしました。こうすることで何かが変わるわけではないのですが、キーボードを叩くことで日常を取り戻せるような気がします。

 昨日は友人宅で定例の集まりがあり、帰宅後、妹の家に行きました。妹は買い物に出かけるところで、私も便乗することに。その前に我家に立ち寄ってもらったのですが、車から降りようとした時、やけにグラグラと車体が揺れているのです。車のエンジンをふかしているのかと思いました。
 地面が大きく揺れていたのでした。そばの電柱も我家も他所の家も、大きく揺れています。どこかでバタッと大きな音がしました。今までに経験したことのない恐怖心に襲われ、体が震えだしてきました。
 近所の方が外に出てきました。みんな一様に不安そうな表情です。まだ大地は揺れていました。
 直後、私に出来たことは家のドアと窓を開けたことだけでした。マムくん(猫)が逃げられるようにと。
 携帯電話で夫の無事を確認し、近所のお宅に寄せてもらいました。そのお陰で、テレビで情報を確認しながら、皆で押し寄せる不安をまぎらわせることができたのは幸いでした。
 夕方、自宅に戻り、散乱した本などを片付けながら、テレビを見ました。リアルタイムの津波、そのすごい光景に震え、思わず「止まれ止まれ」と手を合わせていました。息子などの安否が心配でしたが、携帯電話は不通、そして何度も来る余震。夫が帰宅して、ようやく人心地がつきました。
 夜、「大丈夫だったぁ?」とドアが開きました。息子が立ち寄ってくれたのです。息子は屋根に上がって仕事をしています。地震のときも屋根のてっぺんにいたそうです。よくぞ無事でいたものかと、安堵しました。

 次々に悲惨な被害の状況や福島原発事故の恐怖が明らかになり、胃痛がし、めまいがしてくるようです。
 どうか被災地の方々がご無事でありますよう、お祈りいたします。



2011.3.4(金) 続・コサギが消えた!  空堀川の生き物たち13
オオタカ(だと思う)  「明日はひな祭りだし、どこかで菜の花畑を見つけたいな」
 3月2日のこと、少しほのぼの気分で散歩に出たものの、寒の戻りは厳しくて外は真冬。空堀川を下り、東村山浄水場に着いた。そのまま久米川駅まで行ってコーヒーでも飲んでこようか。そう思った時、東の空から白いサギが飛んできた。
 久しぶりのサギとの遭遇に私は興奮した。だが、サギは空堀川に降りず、すっと姿を消した。えっ、どこに行ってしまったの? 今、飛んできたばかりだというのに。
 もしかしたら、サギは浄水場の中に入っていったのかしら?
 気がつくと、私は浄水場の土手に登って柵から中を覗いていた。注意されるかなぁ。柵の中は広大な敷地が拡がり、プールのような大きい水槽がいくつも並んでいた。コンクリートで固められた無味乾燥(?)した水の工場、そんな感じの浄水場のさま。サギは、ここのどこに姿を隠したのだろうか。

ダイサギとコサギ(東村山浄水場内) パタパタパタ、突然、サギが舞い上がった。7〜8羽くらいだろうか。水槽の上を慌ただしく飛び回っている。その瞬間、サギの生存を確認できて、私は感激した。「あー、ここに、こんなにサギは隠れていたんだね!」と。
 しかし、まさか私が覗いているから騒ぎだしたわけでは……。そう、そんなわけはなかった。飛び回るサギは、何かから逃げ惑っているように見えた。あっ、あれは何? 私はさきほど以上の驚きで、衝撃的な光景を見た。追い回されるサギのように緊張して、その鳥の攻撃性に慄いた。
 たぶん、オオタカだ。オオタカ(らしき鳥)がサギを襲っているのだった。ほんの2〜3分の出来事だったが、サギはどれほどの恐怖を味わったことだろう。幸いなことに1羽も犠牲は出なかった。オオタカはあきらめて去って行った。帰り際、桜木の上を旋回して、その下に佇む私の存在を見下ろしていたような気がする。(その時に撮ったのが右上の写真)

 約1ヶ月間、私はコサギを見ることができず寂しかったが、浄水場にいることを知って安堵し、謎解きができて頭がすっきりしたような気分。そして、とても嬉しかった。浄水場の裏手に回ると、道路から中がよく見え、何羽かの姿を確認できた。ダイサギも複数いた。(左下写真 手前がコサギ、向うがダイサギ)
 浄水場にサギがいるのには、何か理由があるに違いない。それも知りたいと思うのだけれど……。
 今回、以前の日記(2/19)で推理したことを実際に見てしまった。何かに導かれるかのように。それが不思議でならない。八百万(やおよろず)の自然の神が、“お前よ、のほほんと生きているだけではいけない”と、厳しい自然の摂理を私に教えてくれたのだろうか。



2011.2.28(月) かわいい冬鳥   
ツグミ(庭)  「このごろ、鳥の写真がよくなったでしょ」と少し自慢している。
 昨年末、光学ズーム12倍のデジカメを衝動買いしたのだ。鳥が撮りたくてたまらなかった。そして、ちょくちょく撮っているという次第。
 
 我家の庭には鳥のお客様が多い。木の実がなくなってしまう真冬、うちの庭には万両の赤い実がいっぱい。それを目当てにツグミやヒヨドリやムクドリが来る。(現在、万両の実はほぼ食べつくされた)
 ヒヨドリやムクドリは数羽で来るが、ツグミはだいたい単独でやって来る。(みんな大型の小鳥)
 そのツグミがなかなか強い。他の鳥と争いになったりするとき、1羽でも粘り勝ちする。ツグミは地面を歩きながら捕食することが多いので、下向きの万両の実を食べるのが上手だ。ツグミはオスもメスも似たような色合いとのこと。オスのほうが鮮やからしいが、このツグミはどちらだろう。

マヒワ(庭) 2階のベランダで家事をしているとき、ふと下を見ると、明るい黄緑色のきれいな小鳥がいた。いつものメジロかなと思ったら、マヒワ(♂)だった。(メスはもう少しくすんだ色で、筋模様がもっと黒っぽい) サルスベリの木に止まって、何をやっているのだろうか? 意外なことにサルスベリの実を食べていた。サルスベリは枯れ木同然、実もカラカラに乾燥している。実の外側の皮を破いて、中の細かな種子を啄んでいた。他の小鳥は見向きもしない代物だが、マヒワはこういう乾物のような実がお好みなんだな。小さなクチバシで熱心につついている姿はとっても愛らしい。このあたりでは、あまり見かけることがないマヒワ、庭で出会えたなんてラッキー。

ジョウビタキ 天気の良い日、久々に畑に行ってみた。ピーチーピーチー……あら、誰の声? そちらを振り向くとジョウビタキだった。鮮やかなオレンジ色のオス(写真右)が、やや上向きのキリッとした姿勢で鳴いていた。デジカメを向けると付かず離れずの距離感を保ちながら、あちこちに移動する。そして、「さあ、私の姿を写してごらん」とでも言うように再びポーズを決めたけれど、写真のほうは上手に撮れなかった。残念。
 メス(写真左)は空堀川で見かけた。オスは鮮やかであるが、メスはなんとかわいらしいことだろう! 断然、メスのファンになってしまった。
  ※ ツグミもマヒワもジョウビタキも冬鳥。越冬のため、北方から日本に渡ってくる。夏になると北方に帰ってしまう。



2011.2.19(土) コサギが消えた!  空堀川の生き物たち12
空堀川の小鷺(コサギ)  「最近、コサギが減ったね」「今日は1羽も見ないね」
 近くの空堀川を歩くときの会話である。2月11日(前々回の日記)、まだダイサギ1羽、コサギ2羽がいた。しかし、今週の散歩ではコサギを1羽も見ていない。
 コサギが消えてしまった。こんなことは初めてだ。今まで、必ず100〜200mおきに川に佇み、餌を捕っていたものだった。たまには7〜8羽集まっていることもあった。
 実は年末から1月半ばにかけて、コサギ3羽とアオサギ1羽の死骸を見つけた。
 その頃からコサギが減ってきて、アオサギはまったく姿を見せなくなった。
 この空堀川の異変を あれこれと考え、推理してみた。
空堀川上空を飛翔する大鷹(オオタカ)
1.鳥インフルエンザにやられたのか?
 感染が空堀川のサギに及んでいたとしても不思議はない。感染したサギが死んで、それをカラスやケモノが食べたのではないか。だが、他の鳥(カルガモ、コガモなど)の死骸は見ていない。
2.ケモノなどに襲われたのだろうか?
 カラス・猫・タヌキなどにサギを捕る実力があるとは思われない。アライグマなら実力がありそう。
 それに、ケモノならば、カモやアヒルのほうが狙いやすいのではないか。
3.オオタカに捕獲されたのだろうか?
 最近、オオタカ(たぶん)が空堀川上空を旋回している。もう4〜5回も見ている。この前はカラスに攻撃をかけていたし、ハトらしき鳥を低空飛行でを追いかけてもいた。
 オオタカは鳥類の高みにたつ猛禽類。同じ猛禽類のノスリ(小型の鷹)でさえ、オオタカにヒナを襲われてしまうという。また、狭山丘陵のオオタカはカラスを水没・窒息させて食べるそうだ。知恵がある。ヒヨドリ、ムクドリ、ハトなどはお手の物。とにかく鳥をとって食べるのが好きなようだ。
 こわごわインターネット検索をしてみると……。あった。 コサギを啄んでいる画像が。アオサギも狙うということだった。上空から白いサギや大きなアオサギは目立つのだろう。空堀川には木が少ないから見通しはいい。その上、川には他にもたくさんの鳥がいる。
 ……そうなのだ。これが自然というものなのだろう。猛禽類の数は少なく、とくにオオタカは保護が必要なくらいに減っていた。(野生動植物保存法では国内希少野生動植物種に指定)オオタカが住宅地の川で見かけられるようになったのは、いいことなのだ。
 おそらくコサギは、全部殺られしまう前に引っ越していったのだと思う。
 おっと、実際に目撃したわけじゃないのに、すっかりサギを殺った犯人をオオタカに断定してしまった。私のような素人に結論は出せない。でも、サギには帰ってきてほしいなぁ。少し汚い空堀川だが、サギは川をきれいに見せて、みんなを川に親しませてくれた。



2011.2.14(月) 犬も歩けば……  飼い主のマナーの悪さ
犬も歩けば●●にあたる この犬はいい子です!  今、夜。夕方からちらついてきた雪が本格的になってきた。ドサっとすごい音がするので、家のどこかが壊れちゃったかしらなどと心配になったりする。

 それにしても、今日はろくな日ではなかった。
 まず朝、窓から見える光景に「あれっ?」と思った。あの人、犬に●●をさせていったみたいだけど……。外に出てみたら、やっぱりそうだった。
 午後は歯科医院。入ってすぐに、「予約は明日です」と診察券を突き返された。以前の受付の人は、「せっかく来たのだから、先生に聞いてみますね」と気を使ってくれたものだが。若い人は情け容赦ない。先週(月)、確か「来週はこの時間しか空いてません」と言われて予約した。まさかそれが火曜日とは!

 その後、妹と畑に行ってみた。先日片付けたばかりなのに、またゴミが!
 何十本ものタバコの吸殻、石ころ、缶、可燃・不燃物が道路沿いに散らかり、畑にも投げ込まれている。おまけに湯気が立ちそうな犬の●●が入口に! その他何か所にも新旧さまざまの●●がしてあった。
 ゴミも●●も、まぎれもなく一度や二度は顔を見たことがある通行人がやったわけだ。また念が入ったことに、「この前は向うの家の前にあったゴミ」がわざわざ畑に来ている。
 皆、汚いものは嫌いだ。だから、犬の●●は触るのも嫌だし、外でやりっぱなしにするのが得策。自宅前にころがってきたゴミは“人が住んでいない畑”に押しつけとけば、いずれなくなるとでも思っている。
 通行人が汚した畑周辺の公道(50mくらい)を掃除しながら、情けないやら腹が立つやら……。2人で1時間半かかった。明朝は、近所の雪かきした雪が畑に投げ込まれてるんだろうな。さらに嫌になってしまう。
 だけど、すごいよな……、最近の人のマナーは。空堀川の遊歩道など、ひどい所は2〜3mおきに犬の●●。家の周りもしょっちゅう●●をやられ、週に1〜2回それを片付ける私。犬の飼い主でもないのに。
 犬を飼っている世帯数はかなりの数だろう。そのマナーの悪さも相当数になるのだろう。
 カルタの「犬も歩けば棒に当たる」、その意味を深く考えたことがなかったが、昔の犬は災難だらけ。犬が町中をふらふら歩いていると、「邪魔だ」「悪さするな」てな具合に怒られ、棒で叩かれて追い払われた。つまり、棒を「当てる」のは人間で、「当たる」のは犬。おそらく犬はキャンキャンと尻尾を巻いて逃げ去ったに違いない。それが転化して、「何かをすれば災難にあうもんだよ」という意味になったらしい。
 現代は犬ヘブンか? 人間が犬の●●に困り、それを避けながら歩く。当の犬だって●●のころがっている道は歩きたくないと思うんだけど。まったくマナーの悪い飼い主の頭の構造はどうなってるんだか……。
 私は犬を見るといやーな気持ちになる。いや、正しく言うと、その飼い主がきらいなのだ。「こっちに来るな」と、マナーの悪いやつに棒でも当ててやりたい気分である。そういう人に限って、格好つけて散歩してたり、お犬散歩仲間と仲睦まじく歓談して道路交通法違反(?)をしてたりするから、そうもいかぬ。だから、今度目撃したら、家をつきとめ、そいつの大事な落し物を届けてやろうかと思っている。
 ちゃんとした飼い主の方も被害者だと思う。マナーの悪い人のために疑いをかけられ、迷惑を被っている。



2011.2.11(金) 大鷺(ダイサギ)  空堀川の生き物たち11
大鷺(ダイサギ)の顔  あんた、そうサ、そこのオバサンのあんた。
 おいらのことをジロジロみて、何してんのサ。写真を撮ってるんだって?
 ならば、ちょっと声かけなよ。勝手に撮られたら、肖像権侵害だぜ。
 えっ、おいらが美しいからだって? かっこいいって?
 おっと合点承知の助だい。いいよ、いいよ、好きなだけ撮りな。
 おいらは、せっせと小魚を捕ってらー。

空堀川のダイサギ 「空堀川の生き物たち」をずい分ご無沙汰してしまったが、先日ダイサギ君を見つけたので、ぜひ書かねばと思った。(2009年6月以来。ちなみに前回はこれ
 この前、いつものように空堀川沿いを歩いていたら、鷺が2羽いっしょにいた。
 1羽はお馴染みのコサギで小柄だった。足の指が黄色く、クチバシは黒い。
 もう1羽は? 「おや!」と私の好奇心は蠢いた。体はコサギより一回り大きい。クチバシが黄色だ! 足元はどうだろう? おー、持ち上げた足は全部黒だ!
 コサギじゃない。撮った写真をもとに調べてみて、ダイサギだとわかった。

 白鷺には3種類あり、大きさで名前が違う。小鷺(コサギ)、中鷺(チュウサギ)、大鷺(ダイサギ)と分類されているそうだ。
 コサギは留鳥。いろんな場所でよく見る。(特徴は足元が黄色、クチバシは常に黒い)
 チュウサギの大きさはコサギとほぼ同じくらいだが、ダイサギと似ているそうだ。しかし、渡り鳥なので、夏場しか見ることはできず、冬は本州には居ないとのこと。
 そして、ダイサギだが、これは他の2種に比べ大きい。(90センチくらい)冬になると、クチバシが黄色くなる。それからお顔が重要な決め手になるらしい。上のアップ写真でもわかるように、クチバシの切れ込みが目の向う側まである。調べながら、「そー、そうか、この子がダイサギ君か」と感激した。
 いや、ところが、ダイサギにも亜種チュウダイサギ、亜種オオダイサギがあるそうだ。亜種オオダイサギが冬に北方から渡ってくるとか。(このあたりになると記述があいまいになってしまう)
 まっ、こまかいことは無視して、この子がダイサギであることは確か。北からの渡り鳥に思える。
 長い首と脚、鋭い眼とクチバシ、粋な身のこなし。その風情は、木枯らし紋次郎(若い人は知らないかも)みたいな孤高な渡世人という感じ。今日は雪の日だが、空堀川ですっくと立っていることだろう。



2011.1.24(月) ムクドリ  人間は勝手なもので……
ムクドリ  あれ、あの点々は何? 歩道に無数の黒い点々が広がっていた。
 鳥のフンだった。なるほど、そばには桜の大木が枝を広げていた。そこにたくさんの鳥が来たのだろう。フンは水っぽく、木の実の種のようなものが混じっていた。
 いく日か後、妹の家を訪ねると、玄関前の道路一面にソレがあった。
 見上げると上は電線、鳥が行ったり来たりしていた。ムクドリだった。
 ムクドリは灰褐色に白が混じった羽色で、オレンジ色のクチバシと足が特徴的。街でよくみかける鳥である。地面をつついて虫を捕ったり、木の実を食べたりしている。スズメよりずっと大きく、集団で行動していることが多い。
 ムクドリ被害の噂はニュースなどで耳にしたことがあるが、実際に見たのは初めてのこと。とにかく、そのフンの量はすごい。電線の下の道路が全部汚れていた。
 相当数のムクドリが来たと推測できるフンの量だった。
 その後、妹宅前からムクドリは移動したらしく、被害は大事にいたらなかった。

 それにしても、うーむと悩むべき事態だと思う。こういうことが続くと人間はムクドリを憎みはじめるから。
 確かにフン公害、鳴き声の騒音でムクドリに困っている人たちの被害は大きいだろう。それが農作物(とくに果樹)の被害ともなると、もっと深刻だし、彼らを駆除することに苦労するわけだ。
 もともとムクドリは益鳥だったらしい。虫を大量に食べる鳥なので、かつては農業に役立ったということだ。
 それなのになぜ? やっぱり生活環境の変化なのだろうか。農業には農薬が用いられ、虫を駆除するようになった。そして、農業そのものも縮小し、農地も減った。そのかわり、都市が広がり続ける。
 ムクドリはたくましく、その都市環境に適応していったわけだ。ハトのように、カラスのように。
 うーむ、うーむ……唸って悩み続けてしまう。人間なんて勝手なものだ。ある動物が少なくてかわいいうちは歓迎するけど、人間の領域を侵害するや「害獣」のレッテルを貼りつける。
 ムクドリの天敵は猛禽類とのこと。ムクドリが群れるのは、その猛禽類から身を守る習性なのかもしれない。オオタカはカラスを捕獲するほどのツワモノだし、ムクドリの捕獲などはお茶の子さいさいに違いない。しかし、そのオオタカは僅少。天敵のいない都市部で、ムクドリは繁殖しづづけるというわけだ。
 ……もし、オオタカがカラスなみに増えたら、やっぱり「害獣」と呼ぶのかな、わたしたち人間は。
 どこかで大きな生き物が、この地上の人間の悪行を見つめ続け、「この害獣、駆除しちゃおうかね、そろそろ」などとつぶやいてはいまいかと心配になるこのごろである。



2011.1.16(日) 13日の木曜日  「中島みゆき TOUR 2010」に行きました!
中島みゆきコンサート  ジャーン! 今日はいつになくハイテンションでありまーす。
 だ、だって、あこがれの歌姫・中島みゆき様のコンサートに生まれて初めて行っていきたのでありました。ほらほら、この合成写真の豪華さは特別でしょ。バックは有楽町のイルミネーション、その前にコンサートでいただいてきたチラシを配置したんです。
 コンサートはいつだったかって? あー、それは3日前、13日の木曜日の夜のことでした。まだまだ私の耳の中には歌声が響き、脳裏にはキラキラしたみゆき様のお姿が輝いているんであります。

 と調子に乗って書いてしまったが、やっぱりコンサートのインパクトは大きかったなぁ。有楽町の東京国際フォーラムのホールは5000人の観客で埋め尽くされ、ステージには初めて出会う中島みゆきがいた。といっても2階席だったので、とっても小さな姿しか目に入らず、重低音は若干割れて聞こえてきた。
 それでも、若い頃に憧れこがれ、今生きているみゆきさんが、そこに存在することに感動したのだった。半分以上は知らない曲だったが、私のような昔のファン向けに古い曲なども歌ってくれた。トークは最高におもしろく、3時間充分に楽しませてもらった。
 オープニングでは真っ白なスーツ姿で颯爽と登場し、次には純白のキラキラしたドレスに身を包んだ。ほっそり、すらりとした姿に豊かな髪が揺れ、時には力強く、時には優しく、彼女の世界が現出した。
 後半は、暖色系のドレスに羽飾りという華やかさ。と思いきや、一転してジーンズにタンクトップという軽装に変身する。「あー、楽だわぁ」と観客を笑わせ、飛び跳ねるようにアコースティックギターを弾く軽快さ。
 『二隻の舟』『時刻表』『しあわせ芝居』『銀の龍の背に乗って』『時代』『悪女』などは知っている曲だった。
 『時刻表』を聴いたとたんに、20代の自分に引き戻され、計らずも涙が……。都会の街角の日常風景、そこでの人の悲しさ・やりきれなさ。華やかさの後ろの泥の汚れや煌めく灯りの影のほの暗さを、彼女は見つめ、やさしい水の流れのように歌い上げる。『狼になりたい』もそういう曲の一つで、私は好きだ。

 「皆様一人ひとりの人生に、私から拍手をおくります」
 「今宵、皆様にお会いできて、ほんとうに嬉しゅうございました」
 コンサートの最後に、水鳥がひざまずくように体を美しく折りたたみ、彼女は頭を下げた。
 観客の私には、彼女が一羽の水鳥に見えた。この世の人とは思えず、北海道の大地に佇む鶴が大空にはばたいて去っていくような幻想を見ていた。

 「TOUR 2010」の東京公演最終日・1月13日木曜日。(昨年10月から続いてきたので、「2010」なのだとか)このコンサートは、私にとって、たぶん一生に一度のことだろう。まさに一期一会。
 コンサートのチケットを手に入れ、誘ってくださった“てんしん日記さん”、ありがとう。