リビングファクトリー★管理人のよしなしごと 日記
猫の花子
2007年1月〜6月の日記

平穏に暮らせたらいいなぁ……。
のんびり、ゆったり。
だけどね、そうとばかりは言ってられないことも
たくさんありますね。

日々感じることを書いてみようと思ってます。
2007.10〜127〜9/1〜6

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2008|2007|2006
2007.6.24(日) 1枚の絵はがき ― 長編ドキュメンタリー映画 「ひめゆり」
 昨日、久しぶりに会ったM子さんから1枚の絵はがきを手渡された。青い大きな空と海辺に佇む少女の後姿……それは映画「ひめゆり」の絵はがきだった。そこには、「『忘れたいこと』を話してくれてありがとう」と白い文字が浮かんでいる。M子さんのブログに映画の紹介が書いてあったことを思い出す。

 私が沖縄に行ったのは何年前のことだったろう。アイム'89・東京教育労働者組合主催の「観光でない沖縄見聞旅行」(←クリックするとアイム'89のサイトへ。現在、今年度の参加者募集中)というツアーに参加したのだった。はじめての沖縄。そのツアーで一番最初に訪れたのが「ひめゆりの塔」であり、ひめゆり平和祈念資料館だった。館内に展示された少女たちの遺影は、あどけなさを残したいたいけなものだった。こんな幼い少女たちが沖縄戦にかりだされ、その犠牲になったのかと、遺影は胸に迫ってきた。また、住民が集団自決させられたガマ(洞窟)にも行った。その真っ暗なガマの前で、黙祷したことは忘れられない。4泊5日のツアーは連日戦跡などを訪れ、かなりハードに感じられた。けれど、そのひとつひとつの体験は、一般的な観光旅行では決して体験できない貴重なものだったと思う。
 ツアーに参加するまでの私は、ほとんどと言っていいくらい沖縄戦のことを知らなかった。「ひめゆり」の少女たちをはじめ、20万人以上もの人々の命が奪われた戦争。その半数近くが兵隊以外の沖縄の人たちであったという事実……。ツアーから帰り、なかなか日常に戻ることができなかった。わけもなく涙がこぼれた。

 映画「ひめゆり」は今、東京・ポレポレ東中野で上映中とのこと。映画のホームページには「生存者のメッセージ」が紹介されている。これまで世に出た映画や小説について、「……ほとんどがフィクションです。実は、私たちはそれらが出るたびに、落胆し、憤慨していました」と語られていた。そのことばに衝撃を受けた。長編ドキュメンタリー映画 ひめゆり
 13年間もかけて撮られたという「ひめゆり」。その映画のなかで、生存者の方々にお会いしたい。(右の画像をクリックすると、「ひめゆり」の公式サイトへ)



2007.6.17(日) 6月の美しきもの
6月の夕暮れの空  6月は紫陽花、蛍、夕暮れの空……。
 一昨日、昨日と2日間続いて、きれいな夕暮れの空を見た。午後の7時をすぎようとしているのに、まだ空は明るい。太陽は北西の方角に沈みゆき、一日の終わりをバラ色に染めていく。なんという美しさだろう。
 少し暗くなった庭では、紫陽花がうすむらさきに浮かび上がる。これもまた、心に染み入るような美しさ。
 昨夕は久方ぶりに長い散歩をした。今夜はきっと会えるだろう、そう思って駅近くの遊歩道へ。
 暗い遊歩道には、すでに何組かの家族連れが訪れていた。「あっ、ここにいるよ!」「どこどこ?」「水に映っているでしょ」……ガヤガヤと興奮気味の声がうるさく感じられる。「ほんとだ!光ったよ!」と子どもの声。
 私も見た。ちいさな蛍の光! あー、今年もまた出会えた! ふわりと蛍は飛び上がり、かすかな光の弧を描く。その光は少し青白く、ほんとうにはかない。今にも消えてしまいそうな命の明滅……。
 ここの蛍は養殖した幼虫を放流したものらしい。排水を利用した流れは子どもの遊び場になっているため、荒らされたりして、ごくごく限られた命しか育たないようだ。それでも、昨夕は蛍を5匹見ることができた。

 美しいものを見ると心が穏やかになる、やさしくなる。この頃は散歩する心のゆとりもなかったので、とても癒されたような気がした。……だから、どこぞの国の首相は「美しい国○○」とくりかえすのかな?
 だけど、まてよ。私がハーブを作っている畑には、平気でゴミが投げ捨てられる。犬の散歩をしている子どもは、近くの駐車場に犬のウンチを垂れ流し。この前、「ちゃんとウンチを始末しなさいよ!」と怒ってやったら、表情ひとつ変えずにウンともスンとも答えず、そのままにしていった。ゴミもウンチもきたない。
 それから、このあたりから見える西の空は、夜になると汚れて見える。薄汚れたようなオレンジ色が不気味に光っている。それは米軍横田基地の光で、そこは夜になっても米軍機が離着陸している。周辺住民の方々は、その騒音被害に苦しんでいるという。広大な基地は、日本にあるアメリカの領土。核もあるという噂……。
 「美しい国○○」はジョークかしら。穏やかさ・やさしさ=従順、つまり政府の決めたことには逆らうような人々のいない国、政府のやることには耐え忍ぶ人々がいる国、それが「美しい国」ってことかな。横田基地は美しい基地で、夜だって美しい光を放っているのだから、その光を美しく感じない「国民」なんて「非国民」?



2007.6.9(土) カモミールを摘みおえて
カモミール(ジャーマン) あー、忙しかったぁ……。忙しかった、忙しかったと何回言っても足りないくらい、本当に忙しかった。毎日毎日、カモミールの花摘みが続いたから。
 4月末から1ヶ月、カモミールは花盛り。摘めば摘むほど次から次へと花を咲かせ、もう摘む手が間に合わない。摘めない花の芯はスポンジのように膨らんで、花びらが散る。やがて、枝や葉が枯れ始めてきた。
 「もう、終わりにしようか」と妹が言った。「うん、そうしよう」と私はうなづく。
 今週、ザックザックと半分ほどの茎を刈り取った。花の恵みに感謝しながら。乾燥した花はたっぷりあり、1年以上お茶として楽しめるだろう。
 ほぼ毎日、日課のように畑に通っていたため、通行人からよく声をかけられた。「何をしているの?」、ほとんどの人が不思議がった。中には「まぁ、カミツレ!(カモミールの和名)あら、ここは薬用植物園みたいにハーブがたくさんあるのね」と詳しい方もいた。声をかけられるたびに、「どうぞ、持っていってください。生でもお茶になりますから、ためしに飲んでね」と花を差し上げる。レモンバームの葉っぱもおつけして。
 ムフフ……私たちもいっぱしのファーマーみたい。それに、この一画はいかにもハーブ畑らしくなってきたぞ。ハーブを育ててきたという心の内の「誇り」や「自負」が満たされ、にんまりする。

 だけど、こんな驕慢な心をハーブが知ったら怒るだろうな。ごめん、ごめん。もともと、ハーブは強いんだものね。すごい命の力があることは、その成長を見てきた私たちが一番知ってカモミールの茎とキンセンカいる。摘まれれば摘まれるほど花をつけるそのたくましさ、人間にはとても真似ができない。
 だから、カモミールの効能はすばらしいんだと納得する。それに、カモミールは近くの野菜に元気を与える「植物のお医者さん」でもあるのよね。
 今、畑ではキンセンカ(カレンデュラ)が咲き、私はその花を摘んで、浸出油を作っている最中。その油は敏感肌に効果があるという。
 鼻づまりで、いつも顔が痒い私は、これらのハーブに望みを託している。
 でも、“花を摘まないで”、これがハーブの望みだったらどうしよう……。

※左上の写真は盛りの頃のカモミール、右下の写真は刈り取ったカモミールの茎の上にキンセンカを飾ったもの。




2007.6.1(金) 命のあったかさ 〜「奇跡の母子犬」のこと〜
わんちゃん  「いっしょにねんねしよう」、私はギューと花子(猫)を抱きしめる。
 「あ〜、また今夜もはじまった……、かあさんの悪いクセ。ちっともわかってないんだから。あたし、布団の中はいやなのよ。でもしょうがないにゃー、ちょっとだけつきあってやるか」と、花子は眉間にしわをよせる。
 花子の気持ちは重々承知、でもね、お願い。花子のあったかさに触れるときが、1日のうちで一番しあわせなときなの。

 人間と猫、犬との相性は抜群だと思う。猫、犬、人間のDNAには、お互いに慣れ親しみ、慈しみ合うという遺伝子が組み込まれているんじゃないかな。目で会話ができるし、愛情はスキンシップで確かめ合える。
 だけど……残念なことに、どうも人間だけが傲慢になってきているような気がする。あったかい命の大切さを、私たち人間はどれだけわかっているんだろうか。戦争、自然破壊、それからペットのポイ捨て……、人間であることがいやになってしまうような悲劇が、この世の中には多すぎる。

 N子さんのサイトに遊びにいったら、「奇跡の母子犬」のリンクがはられていました。……哀しくもうれしい話。
 私もリンクをはらせていただくことにしました。下記をクリックし、ぜひごらんになってください。
 ★奇跡の母子犬(「日本にアニマルポリスを誕生させよう!」というサイトに掲載されています)



2007.5.28(月) 夢想 〜「みんなちがってみんないい」の会場に向かいながら〜
 子どもの頃、私は馬や羊といっしょにモンゴルの風と遊び、少女時代には、高句麗で白い裳を着て風にやさしく癒されて育った。大人になったころ、日本列島に渡来し、関東の山を眺めながら土を耕し始めた。列島の緑の風は労働の汗に心地よかった。
 そして、それから……中年になった私は……、雑然としたぼろ家でパソコンに向かい……。うへぇ〜、中年になった私とそれ以前の私には、なんという落差があるんだろう。えっへっへ、だけどこれは夢想だもんね。昨日、電車の中でぼんやりとそんなことを考えていたのである。
 「あたしね、ふっと想うことがあるの。ずぅーっと昔、私はモンゴルの風に吹かれていたんじゃないかって。そのあと、高句麗に渡って、日本列島に来たんじゃないかな、私の祖先は」と、先日友人に話した。
 友人の目が生き生きと輝き、「わたしもそう想うことがあるのよ。子どもの頃、あのモンゴルのパオが夢の中によく出てきたの」と言った。そうして、彼女と熱い握手を交わしたのだった。

 そういう話をしたあとだったので、ますます頭の中は、モンゴルの雄大な風に吹かれている自分を夢想してしまう。電車の中で行き先や時間さえ忘れ、いい気分で風に吹かれていた。
 昨日は第15回国際交流フェスティバル「みんなちがってみんないい」(於:八王子市の浅川河川敷)があり、私はその会場に向かっていた。拝島到着、とたんに夢から覚めた。
 ガーン!八王子行きの電車は30分以上も待たないと来ない!そりゃないよ。ようやく電車にのり、八王子到着。今度はバスが来ない。「時間がもったいない。待ち時間合計で1時間近くも」と心の中でブツブツ。あーぁ、この感覚、すっかり現代人だ。
 でも、そうして到着したフェスティバルの会場は、広々とした河川敷にたくさんのテントが立ち並び、たくさんの人でにぎわっていた。こっちではアイヌの踊り、向こうではロック。エスニックのお店が多かった。外国の人もたくさん来ている。そこには国籍や民族という壁がなく、みんな自由でにこにこしていた。
 草原にはヤギがいる、牛がいる、羊がいる! 思わずかけより、鼻を撫ぜさせてもらった。その子たちは本当にやさしい目をしていて、見つめ合っていると、うん、やっぱり私はモンゴルの子どもになる。
民芸品(笛のキーホルダー)
 「みんなちがってみんないい」は15年続いてきたそうである。けれど、今回が最終回とのこと。はじめて行った私だが、とても残念に思った。帰り際、記念に民芸品のキーホルダー(笛)を買ってきた。



2007.5.19(土) マムゥ〜。
マムちゃん  5月のとある日、窓は全開、いい天気。
 せっせとお掃除、お洗濯。一仕事終えて、さぁてお茶でも飲もうかなと階下に下りてくると、あららマムシくん!(近所の猫)
 テーブルの下で寝そべっているではありませんか。
 でもでも、油断は禁物。こっちからなれなれしくしようもんなら、またシャーッと鋭い爪でやられてしまうもんね。私とマムちゃんの距離は多少縮まったとはいえ、30センチは保っておかねば。
 お茶の準備もできたし、マムちゃんには牛乳でもあげようか。
 その前にお写真を撮ってあげようね。パチッ。

 立ったままお茶を飲んでいたら、信じられないことが起こった。私はドキドキ、いやドギマギして、自分の感情をどうしたらいいのかわからない。うれしい! だけど、これは本当に現実のことか……。
 ずーっと片思いだった人が、ある日突然私に求愛してくれたときみたいな、そんな感情。(そんなこと、残念ながら私の人生にはありませんが)
 一挙に乙女チックになって、胸キューン。だけど、立ちすくむしか術のない私。
 だって、だって、マムちゃんが私の足にスリスリして、ゴロヒャーンと甘い声を出しているんだもん。
 どうしたの、マムちゃん。何を訴えているの、マムちゃん。ついに人間愛に目覚めたの?
 「ウチの子になる?」と訊いたけど、答えてはくれず。でも、マムゥ〜、おばちゃんは嬉しかったよ。

 ※ゴロヒャーン  変換ミスではありません。マムちゃんは猫とは思えぬ変わった鳴き方をするのです。



2007.5.12(土) ドコンジョさん、強風に倒れる
ドコンジョの花と根  一昨日はすごい風が吹きあれ、空気が一変した。そして、あわれ! その強風で、ドコンジョさんがついに倒れた。1mほどに伸びた枯れ木のような姿が、玄関に横たわっていた。お疲れ様。
 2ヶ月前に「ウチのドコンジョ?」を書いた時、この子の正体は不明。その後、順調に成長して黄色の菜の花を咲かせ、白い根はごつい石のような硬さになった。ドコンジョは大根ではなくカブだった。(写真左)
 それにしても何とたくましかったことか。
 コンクリートの隙間でも育つほど生命力があるドコンジョなら、どこでだって生きのびることができるに違いない。その種を蒔けば、すごいカブができるだろう。どんな荒地でも育つよね。強風に倒れたドコンジョ

 けれど、花は咲いたものの種はほとんどつかなかった。そこから推測すると、このドコンジョはF1(一代交配種)だったのかもしれない。 F1野菜は一代限りのもので、「まずい」「種がとれない」とその評判は良くない。
 なんだかドコンジョが可哀想になってくる。
 だけど、このドコンジョの一生はすごかった。あんたはすばらしかったよ!ドコンジョさん!と私は大絶賛をおくりたい。ドコンジョが残したのはほんのわずかな種だが、私は蒔いてあげようと思う。



2007.4.28(土) 忘れな草が咲いているうちに
庭の忘れな草  もう、今日からGWだって。外勤めをしていないので、休みの感覚が鈍っている。ついこの間、春が来たと喜んでいたばかりなのに、時はどんどん過ぎていっちゃう。
 庭自慢をしないと、せっかく咲いてくれた花に申し訳ないなぁ。今年は忘れな草がたくさん咲いたんだもの。去年、ご近所からわけていただいた忘れな草。忘れることなく、きれいに咲いてくれた。空色や白色の小さな花は明るく、かわいい。

 先日、ニュース番組に高遠さんが出演していた。ずっとイラクの人々への支援活動をしておられる。涙がこぼれそうになった。ステキな人だなぁ。私には高遠さんが女神のように映った。
 あの時─3年前の4月のことは忘れられない。イラクで人質になった日本人3名、彼らが解放されるまでの出来事。この時ほどイラクと日本の関係がシビアに問われたことはないだろう。
 政府は自衛隊のイラク派兵を「人道支援」と呼び、実際に人道支援をしていた高遠さんたちをあたかも犯罪者のように扱った。「自己責任」という言葉が席巻し、被害者である高遠さんたちに対しては嵐のようなバッシング。人質報道の直後、ラジオを聴いていたら、カツヤなる男が高遠さんたち3人を口汚く罵っていた。聞くに耐えられなかった。日本のマスコミとはこんなに質が悪いのか。即、ラジオ番組に抗議の電話を入れたが、担当者はカツヤを擁護し、「あの人たちの行動は軽率で、迷惑をかけているのは事実でしょう」と言った。
 今やアメリカでも軍隊を撤退させようとする気運が高まっている。イラクの人々に多大な犠牲を強い、何の解決ももたらさないイラク戦争が誤りだったことは、もはや誰の目にも明らかだろう。
 ったく、もう! イラク戦争を容認し、高遠さんたちに非難をあびせた政府、マスコミ、「文化人」は軽率じゃないのか? 彼らは何の自己責任もとってないじゃないか〜!

 高遠さんの変わらぬ行動は、イラクの人々を愛するからこそできることだと思う。「高遠さんのような尊い行動を忘れまい」、忘れな草が咲いているうちに、そのことを日記に書こうと思った私である。



2007.4.8(日) ふるさと
丘陵の芽吹き山桜と木苺の花  桜の季節なのにお花見もしていないことだし、きのうは丘陵(山)を散歩することにした。
 曇って雨もぽつぽつ降ってきたけれど、行っちゃえと歩を進める。同行は末の妹。
 私たちが生まれ育った山は、落葉樹の芽が吹き出し、この時期しか見ることのできない淡い景色が広がっていた。煙るような緑の中で、やさしく咲いているのは山桜。下草の中には木苺の花が咲き、その白さがすがすがしい。
 梢からは、ウグイスの声が聞こえてきた。
 春の林の中で、ちょっぴりしんみり。無邪気に走り回った子どもの頃を思い出す。木にのぼり、花をつみ……ひたすら遊んだ。
 半世紀ほど生きた私は、ずい分汚れてしまったようで、何となく自分の存在が恥ずかしくなった。
 心を浄化してください、そんなお願いを山にしてきた日……。



2007.3.31(土) めだかのがっこう
青空と桜 桜満開、春爛漫、ウチのメダカもスイスイ泳いでいる。
 思わず、めだかのがっこうは〜♪と鼻歌も出てきてしまう。
 だけど、昨夕はすごい北風が吹いた。あわててオーバーを着込み、買い物に出かけた。帰宅してメールを開くと、ここにも春にあるまじき強い北風が吹いていた。この春の卒業式で東京の教員35名が停職・減給などの懲戒処分を受けたという。「君が代」斉唱のときに起立しなかったという理由で。これまでの処分の延べ人数381人だって。あな、おそろしや……。
 
 こんな東京都のあり方に「こわさ」を感じずにはいられない。ひところは、女性が存在を発揮できる都市になるのかもと期待をもてた時代もあった。学校はもっと自由になって、子どもも教師も保護者ものびのびとできるのかもしれないとも。
 ところが、長がかわると、信じられないような暴言がまかり通ったりして、女性は貶められる。学校では男女混合名簿がもう当たり前になっているのかと思っていたが、それすら逆行しているらしい。その上、「君が代」斉唱時に起たなかっただけで、教員が処分されるなんて。こんな命令・強制がどこまで進むのだろう。そのうち、子どもや保護者までも、命令・強制でしばりつけられるなどということになりはしないか?
 数年前、息子の高校の入学式のとき、「お達しによりご起立をお願いしますが、君が代は強制ではありません」と司会のセンセは参加者に伝えた。私はドスンと着席した。この時だって「えっ、起立?」と驚いたものだったが。
 こんな東京にだれがした……。
 ガッコは「めだかのがっこう」になってほしいよ〜。誰が生徒か先生かわからないくらい、みんなで楽しく、のびのびとできる場に。「日の丸・君が代」問題について、「強制的な対応を改める」って言っている人がいた。アサノさんっていい人だな、きっと。



2007.3.21(水) ドラマ・東京タワー
東京タワー 一昨夜、ドラマ「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」が終わってしまった。この感動をどう表したらいいのだろう。深い深い切なさが、今も私の頭の中をさまよっている。
 このドラマが始まった当初、私はさほど熱心には見ていなかった。ボクを演じる速水もこみちがカッコよすぎたからかもしれない。ふーん、これから東京でお決まりの華々しい恋愛や成功が待ってるのね、そんな感じで片手間に見ていた。原作者がリリー・フランキーという人で、『東京タワー』という本が「本屋大賞」受賞作品ということも知らなかった。ましてや、映画化がすすんでいることも、以前にスペシャルドラマ化されたことも知らなかった。またフジTVお得意のコメディタッチのドラマなのよね、そんな具合だった。(何たる無知……)

 オカンが希望を託して東京に送り出したボク(マー君)は、自堕落な生活にはまっていく。美大に入ったものの学校にもいかない、オカンからの送金を湯水のように使ってしまう。筑豊の地で、オカンはパートや日雇い労働、何でも働けるだけ働いて、マー君の夢を支えようと健気なのに。
 このあたりで私は目が離せなくなった。あー、マー君は、まるで昔の“私たち”みたいじゃないの。ウチの息子みたいじゃないの。だめだよ、これじゃ。これじゃドラマにならないよ、カッコ悪すぎて。オトンは勝手きままでひどいし、これじゃオカンが哀れで切なすぎる。無償の母親の愛なんてさ、ただ身を削って尽くすだけ。尽くすだけの愛なんて今時流行らないし、そもそも……。
 そんなことを感じているうちに、マー君はようやく自堕落から這い出し、イラストレーターの道を歩み始めた。ああ、よかったと安堵していると、今度はオカンがガンに侵され、住む家までも失ってしまう。そして、東京でマー君との共同生活がはじまった。ガンも克服して、にぎやかで楽しい場面になる。オカンはマー君の友人たちをも幸せにする。
 こんな幸せが長続きすればいいのに。
 しかし、ドラマを見ている側の予想通り、病は再発して……、東京タワーの見える病室でオカンは息を引き取るのだった。
 ドラマでは「そしたら」という言葉がたくさん使われた。「そしたらね、ちょっと行ってきます」、オカンはそう言って、東京タワーのてっぺんから「子離れ」という新しい人生を踏み出したのではないかな。そんな気がした。
 オカンを演じた倍賞美津子の笑顔がよかった。



2007.3.17(土) 昼下がりの猫たち
 猫好きは猫とよく出会う。先日外出したときはラッキーだった。電車を待っているときにホームから下を覗いたら、茶猫と白猫が並んでお昼寝中。藪の中で、ぐっすりのご様子。丸くなって無心に眠る姿は、なんと平和な風景なのだろう。
 その日の帰りにもまた猫と出会った。お茶の垣根の向こうに1匹の白猫。空き地の真ん中で眠っていた。
 「わー、ここにも白猫がいる!」なんて声を出して、デジカメを向けた私。
 その気配に気付いたらしく、しょぼしょぼと目をあけた猫は、「あんた、なにさぁ。あたしゃ、眠いの……。とっととあっちへおいき。ふぁ〜。写真なんかよしておくれよぉ。ふぁ〜、あ〜眠い……」とでも言いたげだった。
 いい日だったなぁ。こんなのどかな昼下がりの猫たちに出会えて。

 ウチの花子も、外でお昼寝したら気持ちいいだろうに。ところが花子は、外に出るだけでオドオド、キョトキョト。目をせわしなく動かし、鼻をクンクンさせて、体中で気配をうかがう。ものの5分も経たないうちに、脱兎のごとく庭から部屋にかけ戻ってくる臆病さ。天国に行ってしまったサクラは、となりの駐車場のど真ん中で、我が物顔に堂々と寝そべっていたっけ。



2007.3.7(水) ウチのドコンジョ?
 「あんたー、ウチの玄関にドコンジョ大根が生えてるよ!」幾日か前、家人が大声をあげて、私に言った。
 「あー、あれはムラサキハナナ(紫花菜)の葉っぱ。こぼれ種で、すごく増えたの。やっと気付いたの?」
 「いや、違うよ。大根だよ、あれは」とやけに熱い口調の家人であった。
 「大根が生えるわけないでしょ。あの花はムラサキダイコンとも言うから、まぁ大根には違いないけどね」
 「だって、コンクリートの間から生えてるんだぜ。大根みたいな根っこで」
 「そうだよ、ムラサキハナナは強いの。どこにだって生える」

 玄関のコンクリートの隙間に青々とした草が1本出ているのは、玄関の「ドコンジョ?」私だって知っていた。ムラサキハナナに違いないと思っていたので、抜かずにそっとしておいたのである。可憐な紫色の花が楽しみだから。それをまぁ、家人は大げさに「ドコンジョ大根」だなんて言うとはね。

 翌日、大きくなった葉っぱをしげしげと眺めた。仰天した。
 葉っぱの下に立派な白い根! コンクリートを押しのけるように、にょっきりと姿を現していたのだ。
 これが大根なのか何なのかはわからない。カブのように見える。ムラサキハナナが突然変異したのか?(円内はムラサキハナナ)
 「ドコンジョ?」の成長が楽しみだな。果たして、どんな花が咲くのだろう。



2007.3.1(木) 弥生三月 パソコンの怪はなくなるかな
 ひなまつり、と入力したつもりが「ひままつり」と打ってしまい、思わず苦笑い。優雅さ、華やかさとは無縁の暮らしだが、やっぱり雛祭りはいいなぁ。先日、お見舞いに行った先の病院にお雛さまが飾ってあった。三人官女と五人囃子がいい表情をしているので、アップしてみた。
 このお雛さまたちは“主役”ではない。そこが私は気に入ったのかもしれない。

 話は変わるが、私はパソコンの怪に悩んでいる。なぜなら、前回の「ハーブティ」に写真もアップロードしたはずなのに、私のパソコンには文字しか表示されないからだ。プロバイダーに問い合わせてみたら、セキュリティソフトが原因ではないかとの答えだった。
 丸一日、セキュリティのあれこれの設定を変えてみたりしたが、何をやってもダメ。いまだに私のパソコンには、ハーブティの写真は出てこない。
 パソコンにウイルスやスパイウェアなる怪しげなものでも入り込んでいるのか。不安になって調べまくったのだが、やっぱりセキュリティの問題らしいということだけは理解した。
 そんな現象が起こるなんて、自分のホームページを作ってみて初めて知った。今までいろんなサイトを何気なく見ていたが、私のパソコンは映し出さないものもたくさんあるんだろうな。
 さて、今回のこの写真は、ちゃんと映し出してくれるだろうか。



2007.2.23(金) ハーブティ(レモンバーム)
 花粉の季節……。たぶん、私もアレルギー性鼻炎。
 医者ぎらいなので病院に行って診断してもらったわけではないけれど、くしゃみ・鼻水、目・鼻・顔の痒みがつらい。それも通年性の鼻炎らしく、この季節だけでなく、いつも何かに反応している。
 鼻の周辺や頬に毛細血管が浮き出ていて、そこがやたら痒い。かけばかくほど痒くて痛くなる。やらなければならない仕事がたまっている時なんかは、症状がさらにひどくなるのだ。

 昨年、ハーブ栽培をはじめた時、園芸店で手にしたのがレモンバームだった。レモンの香りがさわやかで、それだけで気に入ってしまった。どんな効果があるかは、まったく知らなかった。
 このハーブ、調べてみると優れものだった。鼻・喉に効き、敏感肌にもいハーブティ(レモンバーム)いらしい。近頃、花粉症にも効果があることが発見されたという。おまけにこのハーブは、とっても強かった。夏の暑さ・湿度にもめげず、虫にやられることもなく、丈夫に育った。秋に摘んできた枝が、今もテーブルのコップの中で生きている。そのくらい強い。
 収穫した葉は乾燥保存した。その葉は、石けん・化粧水にも使ったし、ハーブティで毎日飲んでいる。
 そのおかげかアレルギーの症状が少しやわらいできたような気がする。
 2〜3日前、鼻と顔が痒くてたまらなかった。ためしにポットから立ちのぼるハーブティの蒸気を顔にあて、ゆっくりと吸ってみた。痒みが落ち着いてきた。そのとき、私の頭にはすごいことを発見したという「!」マークがたくさん並んだ。そうだ、これからは飲む前にこれをやろう。改めてレモンバームに感謝!



2007.2.12(月) 白雪姫
 1月から2月って、みんな忙しいのかな。
 ネット友だちの幾人かも、ようやく忙しさから解放されたらしく、明るいお顔(^.^)がブログに登場してきた。文章からほぉ〜っとした表情を想像して、よかったねと思う。そして、私もやっと! 普段はヒマなのに1月から公私ともども忙しかった。今、何とか一仕事終えたところ。軽い気分でパソコンにむかえるなんて、しあわせ(^^♪。

 さて、ウチに白雪姫があらわれた。お供をを引き連れて。白雪は近所の子でまだ少女。小さな顔と青い目、真っ白なコートを着たしなやかな姿が美しい。それで勝手に白雪姫と名付けてしまった。お供は、白雪のきょうだいらしき美形の少年と、気は弱いが力持ちタイプのオジサン猫。
 オジサン猫はさかんに白雪の歓心を買おうとしている。お目当てはマムちゃん用のエサ。「ほら、ここにエサがあるよ。先に食べて」と白雪を促す。彼女はこちらを警戒しながら、そっとエサに口をつける。
 そのあと、オジサンと少年が食べてから、みんな近所の白雪姫で並んで帰っていく。
 帰り道は塀の上。先頭は少年、真ん中が白雪、しんがりがオジサンという順序で一列に並ぶ。少年だけ先にいってしまうと、オジサンは「しめた!」という顔色で白雪にモーションをかけた。
 「ねぇ、いいじゃないか、僕のカノジョになってよ。今度はもっとステキなレストランに連れていくからさ」
と言ったかどうかはわからないが、塀の上でオジサンは白雪の上に乗っかった。
 そうか、今は「恋の季節」だったんだ。春になったら、白雪はオジサンの子を産むのだろう。
 産まれてくる子たちのしあわせを願いながら、猫の「恋の季節」に私は鼻水と涙をながしている。



2007.2.2(金) せっかく持っていったのに……
 昨日は野暮用で妹とともに小手指(こてさし)まで。決して楽しいとばかりは言えない外出であったが、外は、まぁ、なんてきれいなの! さびれたお寺には、何本かの白梅がまるで私たちを誘うかのように咲いていた。
 「ああ、デジカメ、持ってくればよかったなぁ。いつも持ち歩こうと思ってたのに、忘れちゃったよ」
 「バックに入ってるんじゃないの?」と妹に言われ、「ううん。今朝テーブルに置いたまま」と私。
 目的地の近くに古戦場跡があり、そこにも行楽気分で立ち寄った。小さな山のような塚は鬱蒼としている。その上空をトンビらしき鳥が輪をかいて飛んでいるのもいい。塚を登っていくと、倒れた侍の幽霊でも出そうな雰囲気で、この気味悪さもなかなかのもんじゃないかと私は興味津々。そして、なんと、塚の頂上には侍が待っていたよ! 黒光りした衣をまとい、目は金色! 「気味が悪い……」と妹は言った。
 黒猫が主のように座っていたのだった。この場所で、金色目玉のすばらしい夜の梅黒猫に会うなんて千載一遇のチャンス、何とも言えないシチュエーション。ああ、デジカメ、持ってくればよかったなぁ……、またつぶやいた。

 日が暮れて駅に帰ってきた。自転車のカギを出そうとして、バックを探ると固いものに触れた。
 あっ、あった……。デジカメをしっかり持ってきていたんだった。せっかくだから、自転車置き場のそばのお宅の梅を撮った。うん、美しい。デジカメ初心者の負け惜しみ……。



2007.1.24(水) 玉川上水の小鳥たち
 今日、自転車で出かけた帰りに、遠回りして玉川上水をゆっくりゆっくりと走ってきた。
 冬の玉川上水もまたいい。葉を落とした落葉樹が冬空に枝を広げ、その間から陽が差して温かく感じる。地面にはまだ落ち葉の絨毯がそのままで、お日様のぬくもりを留めているように見える。
 自転車から降りて歩いた。気持ちがいい。この頃気ぜわしかったので、とても落ち着いた気持ちになった。
 うん、こんなのんびり、ゆったりした時間が私には必要だったんだなぁとしみじみ。
 ピーツク、チー……小鳥の声。カサカサカサ……枯葉の音。
 「鳥類の図鑑」に載っているムシクイの仲間
 大きな落葉樹の下には背の低い常緑樹が生えている。
 高い梢からサーッと飛び降りてきた小鳥は、常緑樹の枝に止まる。それから枯葉の上に降りて、カサカサカサと歩いている。嘴で枯葉を持ち上げ飛ばす。そして、地面をつっつく。虫を探しているのかな。その次に、また飛び上がり落葉樹の枝に止まる。
 コッコッコッ……叩くような音。何の音? 見上げると、小鳥はせっせと木の枝をつついていた。コッコッコッ……ポキッ……カサ……、小さな小さな音。細い小枝が枯葉の上に落ちた。こんな遊び(?)を楽しんでいるのは茶色が鮮やかなヤマガラだった。

 入り乱れるように、ヤマガラシジュウカラメジロがたくさんいた。ほんの3〜4メートル先に。デジカメを持ってくればよかったなぁ。
 ヤマバトツグミヒヨドリもいた。ふだん見かけないウグイスのような小鳥もいた。たぶんムシクイの仲間ではないかと思う。(参考に「鳥類の図鑑」に載っているムシクイを撮影)
 こんなにたくさんの鳥たちに会ったのに、その姿をお見せできないのが残念。今度はデジカメ持参で行こう。乞うご期待、となるかな?



2007.1.12(金) 112匹の猫たち 緊急里親・支援・物資・緊急募集! リンクのお願い
 ネット上のお友だちに猫好きのN子さんがいます。N子さんのサイトに行くと、まず目に飛び込んでくるのは、たくさんの猫のバナー(看板)です。さまざまな猫たちを救援するサイトのバナーでした。
 今年になって、N子さんのブログにまた一つバナーが増えていました。クリックすると、猫たちの痛ましい記事。そのサイトには猫たちを懸命に支え、救おうとする痛切な想いが綴られていました。
 猫と暮らす身にとって、記事の内容はとても重くつらいものでした。
 京都市にある特定非営利活動法人LOVE&PEACE Pray が、2006年12月22日に緊急発信した記事です。
 112匹の猫たちが悲惨な環境にあり、その子たちを救いたいという熱い心が伝わってきました。
 このサイトをご覧いただけたらと思います。
 LOVE&PEACE Pray の活動、そして112匹の猫たちへのご支援をお願いしたいと思います。



京都和束・多頭飼育崩壊112匹の猫たち

 緊急里親・支援・物資・緊急募集! リンクのお願い
   http://love-peace-pray.com/sos/watsuka/index.html



2007.1.9(火) ティーツリーのこと
ティーツリー herb のページにティーツリーのことを書いた。だが、はて?、ティーツリーってハーブなのかなー。分類はともかく(すみません、無責任で)ティーツリーとの出会いは一昨年秋のこと。風邪をひいて心身ともに弱気でいた時、これぞ神の恵みと目を瞠る記事に出会った。
 K子さんの「はぁ〜る」のページ(下記)である。
 ティーツリーが風邪に効くという。ティーツリー……はじめて聞く名前だった。もう既に悪化している風邪だが、きっと効果があるはずだと確信する。友人のお店に注文すると、すぐに精油を取り寄せて届けてくださった。
 それ以来、ずっとティーツリーのお世話になっている。喉が変なときは熱湯に1〜2滴落として蒸気を吸引したり、お風呂に10滴ほど入れて入浴したり。家族はよくヘルペスができるので直接塗って治している。歯茎の腫れにも効いたので、歯磨きにも1滴。花子(猫)のオシッコの消臭にも。(スプレーは水に精油を数滴入れるだけ。濃度が薄ければ樹脂容器でもOKだが、濃い場合はガラス容器に。ティーツリー精油は樹脂を溶かすので濃度にご注意を)
 私は肌が過敏で、髪の毛が触れても顔がむずがゆくなる質。このたまらない痒さに悩んで、ハーブ化粧水を作ってみた。(カモミール、レモンバームの煮出した液にティーツリー添加)使い続けて3ヶ月、むずがゆさがやわらいできたので、とても救われている。
 ティートリーを調べると、その効能のすごさに驚いてしまう。殺菌力がすばらしく、免疫力もつくという。そのお陰で昨年1年間、大風邪にもかからず暮らせたのは幸せなことだったと思う。(K子さん、ありがとう)
 ティーツリーの苗木にも出会えて、今畑で育てている。この木をウチのシンボルツリーにしたかったが、いかんせん、庭は狭くって……。庭に植えたかったなぁ。
 (写真 左:Tea Tree Farms(豪)、右:SANOFLORE(仏)のティーツリーの精油 )

 ★はぁ〜るHPの「つぶやき's」11月7日(2005年)の記事です。参照してください。


2007.1.5(金) 鳥と実  あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
紅白の万両 今、ウチの庭を彩っているのは、万両の実。十数年前にもらってきた1株が庭のあちこちに広がった。赤い実は、冬の日陰の庭に温かみを添えてくれる。その万両だが、いつの間にか白い実のものまで生えてきた。紅白の万両はいかにもおめでたく、正月という感じがする。
 日陰には実のなる植物が育つらしい。
 庭を歩くと、ここにもそこにもいろんな実がなっていて、私はとっても嬉しくなる。
 龍のひげ(別名:ジャノヒゲ)の青い実は宝石のよう。やぶらんは黒くつやつやした実。それから、今冬はじめて千両が橙色の実をつけた。ひめゆずの黄色い実もなかなかいい。龍のひげ、やぶらん、千両、ひめゆず
 今年のお正月の花は、これらの実を飾ってみた。

 赤い万両とひめゆずは確かに私が植えたのだが、その他はみんな鳥が運んできてくれたものばかり。私と鳥のコラボレーション……かな。
 「いいえ、そうではありません。
 わたしたち実のなる植物と鳥のコラボレーションです。
 わたしたちは日陰でも目立つようにきれいな実をつけます。鳥に見つけてもらうために。実を鳥にさしあげて、わたしたちの命すなわち種を運んでもらうのです」
 実の声が聞こえてきた。