海外オーケストラを聞きに行ったのは2016年の11月以来で、実に7年ぶりです。昨年はコロナ明けで、海外の有名オケの来日ラッシュの様相を呈していましたが、毎月のN響だけでも多く感じるほどで、行きたいという気にはなりませんでした。一方で、N響以外のオーケストラも聞いてみたいという気持ちは常にあり、このウィーン交響楽団の公演にはピアノの河村尚子も登場するということで、気になっていました。3月はN響の定期公演もお休みということもあり、3月に入ってからサイトで調べたところ、かつて聞いたことがない「間近割引」セールがあり、¥24,000のS席が¥21,000で、更に中央ブロックの席がまだ空いているという、N響では考えられないような状況でした。オメル・メイール・ヴェルバーという、あまり知られていない指揮者ということもありますが、オーケストラの人気がないというか、知名度の割にはチケット代が高すぎるということなのでしょう。
思い返せば、2013年から毎年、来日オーケストラの公演に通ってましたが、その時もN響のメンバーをやめて、その代わりということで始めた経緯があります。当時はまだ仕事もしていましたので、経済的にも余裕があったはずですが、N響の定期公演と掛け持ちする気にならなかったのは当時も同じです。
当夜のプログラムは、ブラームスのピアノ協奏曲 第1番、休憩をはさんで、同じくブラームスの交響曲 第1番。期待したのは河村尚子が独奏するピアノ協奏曲 第1番の方ですが、もちろんN響とどういう違いがあるかも興味の対象です。序奏でまず感じたのはオーケストラが直線的で、メリハリが効いていること。一方で、河村のピアノは表情がニュアンス豊かで、若いブラームスらしい心情を感じさせる演奏で、オケのいささかドライな雰囲気とは異なります。もっとも、バックのオケも同じように濃厚に歌うとしつこくなって、これくらいで丁度良いのかもしれません。ヴェルバーは長身なので、その指揮ぶりがとても目につくのですが、身振りの割には、音楽が平面的な印象を受けました。ファビオ・ルイージがN響を指揮した時に感じる、旋律をたっぷりと歌わせる表現は、やはり彼ならではのものと、改めて思った次第です。第2楽章はブラームスらしい、深々とした響きが楽しめましたが、ヴェルバーの良さがもっとも発揮されたのは第3楽章です。とてもリズミカルな演奏で、ここではリズム感あふれる河村のピアノと同期して、まさに乗りの良い演奏。このヴェルバーの真骨頂は、重厚なドイツ系ではなく、ラテン系の方が性に合っていると聞きました。
後半のブラームスの交響曲も、きっとそうだろうなと思った通りの入り方、つまりいきなり大音量で迫り、盛り上げていくような効果はありません。ピアノ協奏曲で直線的と云った演奏が、こちらでも繰り広げられ、極端な云い方ですが、強と弱しかない印象です。いわゆる”ため”とか、高揚感がない演奏ともいえますが、強に至る過程をもう少し大事にしてほしい感じがしました。N響と違いを感じたのは管楽器の表現力で、N響の場合、あえて目立たないようにしているのかと思うほどですが、ウィーン交響楽団の場合、自分のパートははっきりと自己主張をしているところが新鮮でした。それに対して、弦楽器の方はあまり良い印象がなく、アンサンブルも決して一枚岩ではありません。よく訓練されたオーケストラでは、弦がまるで生き物のようにうねるのを感じることがありますが、そのあたりは物足りなく感じました。ヴェルバーの目指すところが、ドイツ系の濃厚な表現ではなく、ラテン系のリズム感を重視している現れかもしれません。という次第で、N響だけでもオーケストラの醍醐味は十分楽しめる、ということを再認識した演奏会でした。(2024年3月)
世界的な物価高騰の影響を受けてオーケストラのチケットも高騰しており、特に海外からの名門オーケストラの公演にはおいそれとは行けません。そういった音楽マニアへの配慮か、NHKは毎年の音楽祭で、有名オーケストラの公演を比較的安く提供してくれます。今年のNHK音楽祭への参加はブラック・ダイク・バンド、バイエルン放送交響楽団(以下BRSO)、およびNHK交響楽団。ところが例年、チケットの購入希望者が多いようで、今年は抽選になりました。民間の音楽事務所主催の公演より安価とは言え、S席で28,000円はかなりの出費ですので、A席を申し込んだところ、運良く当たりました。ただし、座席は選べず主催者が決めた場所となります。当選した席はR9の10番で、A席の壁側の端っこです。行くまでは壁の横と思っていましたが、A席の更に右にB席があり、壁際ではなかったのは幸いで、やや右寄りとはいえ、BRSOの素晴らしさは十分堪能できました。
当夜のプログラムは、バートウィッスルのサイモンへの贈り物2018と、マーラーの交響曲 第7番。バートウィッスルはイギリスの作曲家で、この曲はラトルがロンドン交響楽団の音楽監督に就任した時に、同楽団がラトルのために委託した作品。実はこの曲、2018年9月のロンドン交響楽団の演奏会で、ブリテンの「春の交響曲」に先立って演奏された曲で、2022年にTV放映されています。ファンファーレという題名から予想されるように、ブラスだけで演奏される曲で、記念的作品という位置づけが理解できる華やかな曲です。自分のために書かれた曲を演奏するというのは、日本人の感覚からすればちょっとおこがましいのですが、インパクトがあり、最初の曲として相応しいと思ったのでしょう。
メインのマーラーの交響曲 第7番は、まず分厚い響きに圧倒されました。今年聞いたサイトウ・キネンも同様な印象だったのですが、もっと余裕があります。金管の力強さは、すでに最初のファンファーレで、ズドンとくる音で十分伝わったのですが、弦も負けない力強さで迫ります。素晴らしいのは、その力強い弦が、同時にとてもしなやかなことで、まさにサイトウ・キネンでは物足りないと思ったところです。力強さとしなやかさが両立するのがこのオーケストラの特質と聞きました。起伏の激しい第1楽章が、決して力強さだけではなく、むしろ整然とした美しささえ感じられたところは、ラトルの統制力によるものでしょう。第2楽章は一転して穏やかな世界で、BRSOの伸びやかな弦の響きが印象的でした。ただし、第7番はめったに聞かない曲ということもあり、このあたりから漫然としてしまって、あまり楽しめなかったのは残念。ただし、終楽章が再び活気のある演奏で、フィナーレに至る高揚感は素晴らしいものでした。そんなわけで、オーケストラの音には圧倒されたものの、マーラーの世界を楽しむには至らなかったのは心残りです。とはいえ、普段聴き慣れたN響と比べると全てに余裕が感じられ、あたかも排気量が3倍くらい違う高級車に乗ったような幸福感に浸れただけでも価値がある演奏会でした。(2024年12月)