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KT-88 パワーアンプ

 オーディオ界ではいまだ真空管アンプの人気は根強く、ステレオサウンド社も専門の雑誌を出していますが、それを継続できるだけの読者がいるということでしょう。そういった流行とは全く関係なく、昨年かなりの時間を費やして、約35年前に作成したKT-88 PPパワーアンプをリニューアルしました。1975年くらいに、電波技術という雑誌の記事を参考に製作したものの、ほとんど火も入れずに押し入れにしまってあったのですが、きっかけは、自作オーディオマニアのK氏と知り合ったことでした。そのK氏から、タンゴのトランスやGEC製のKT-88は中古でもプレミア物という話を吹き込まれたわけですが、話はそれだけにとどまらず、自作マニアのサークル仲間に、米軍の横田基地から譲り受けた真空管チェッカーを持っている人がいるので、KT-88を測定してもらうよう頼んでみましょうということになりました。そんなわけで、KT-88他の真空管も全部送ってチェックしていただきました。結果は、KT-88はスペック内で、しかもペアの球の特性が揃っているとのことで、このことがリニューアルを決断する決定的要因になりました。なお、他の球についてはスペックぎりぎりではあるものの、全て使用可能とのことでしたが、それほど高価ではないので、新品を購入することにしました。

 リニューアルにあたって、まずは回路図探しです。当然のことながら、以前と同じ回路の方が部品が生かせるため、まずそれを探しました。当時の電波技術も保有している方がいて、1973年7月号の100W出力のものと、1974年9月の57W出力の記事をコピーしてもらいましたが、1973年7月号の記事に、72年1月〜3月号にKT-88 UL接続の記事で詳述したという記載があり、これが当時製作したものであることがわかりました。残念ながら同記事は入手できませんでしたが、このことは、かえって違う回路構成を探すという、新たな楽しみとなりました。真空管アンプの雑誌や、ネットを探しましたが、アウトプットトランスはどの回路でも使えますが、電源トランスの出力電圧が異なるため、手持ちのトランス(MS-450D)が使えるものが見当たりません。結局、ネットで探した、フロービスという真空管関連部品の販売会社のサイトに掲載されていたKT-88 PPアンプが、保有しているすべての手持ちのトランスを生かせることがわかりました。ただし、この製作例では出力トランスはFW-50で、拙宅の100Wトランスの半分の出力です。

手持ちのトランスの方が余裕があるので、問題ないはずですが、念のため、フロービスに問い合わせたところ、NFの数値も含めて、そのまま使用可能との回答で、親切に対応していただきました。お礼に部品を買いたいと申し入れましたが、抵抗は扱っていないとのことで、秋葉原で見つけられなかった小型の電流計を購入しました。それが左の写真の電流計で、隣のつまみの大きさとの比較でわかりますように、おもちゃみたいな代物ですが、後でDCバランスの調整に役立ちました。

 回路図が決まれば、次はシャーシです。昔の物をそのまま使う選択もありましたが、引っ越しの時に宅急便で送ったところ、輸送時に落としたらしく歪んでしまい、これも新しくすることにしました。幸い近くにステンレス加工の個人商店があり、ここに依頼することにしました。ただ、扱っているもの個人向けの物で、およそ図面で物を作ったことがないようで、かなり不安でしたが、見積もりの安さ(\30,000)に惹かれて発注しました。下記がその加工図で、その不安が的中して、思い描いたようにはできなかったものの、背面の部品取付用穴の加工はあまり問題なく、値段を考えればまあ許容範囲かもしれません。実は過去にこのような仕事をしたことがあり、その時の経験から言えば、当時の板金加工の外注先のレベルは高かったと改めて思いました。

 シャーシがきまると、次はいよいよ部品の選択です。実はシャーシに取り付ける機構部品はシャーシの発注前に購入しています。加工図を作るために必要な入出力端子、AC入力端子、電解コンデンサー、電源スイッチ、ランプ、ヒューズソケット、それと真空管ソケットなどです。こういった部品も数十年ぶりでしたので、真空管の測定でお世話になったK氏に付き合っていただきました。その時に電解コンデンサーを購入した店の主人がいかにも真空管アンプの玄人という感じの方で、回路図を見ながら、適当なコンデンサーを選んでくださいました。フロービスの回路図にはコンデンサーの種類までは記載されていませんので、高圧回路に使う電解コンデンサーくらいはわかりますが、その他はどうしたものかと思っていましたので、これは助かりました

 上の写真でわかりますように、音質への影響が大きいカップリングコンデンサーは、音が良いと言われているフィルムコンデンサー(橙色)を使っています。それ以外はよく見えませんが、増幅回路まわりのコンデンサーは100μ/16V以外は、すべてフィルムコンデンサーが選択されており、こういった専門的なサービスを提供してくれる販売店は今や貴重な存在です。
 部品の選択と同じく重要な要素は、線材とはんだです。線材はオヤイデ゙のサイトでオーディオ用内部配線材として色の種類の多い、モガミ電線のより線を使いました。被覆はテフロンではなく、ポリエチレンですが、熱に強く、はんだ付も容易な線材ですが、真空管のソケットの穴が小さいので、1.25sqの方は扱いやすいとは言えません。ご覧のように、製作例などでよく見かける直線配線をしていませんので、雑然として見えますが、はんだ付時にケーブルに無理がかからないようにしたのと、配線の長さを短くすることを優先した結果です。

 はんだについては、たままたオーディオ雑誌で、はんだの音質評価なる記事があり、これも参考にしましたが、実際にはオヤイデにに行った時に、店頭にこの記事のコピーが置いてあり、店員の勧めで、ALMITのKR-19SHを使いました。銀入りのはんだですが、5mで\1000とかなり割高で、しかも5mでは足りませんでしたが、出来合いのオーディオケーブルなどに比べたら、安いものです。自作して思ったのは、配線材にしても完成品に比べればはるかに安価で、トランスとKT-88以外の部品代は全部で8万円くらいでした。
 組み立てで一番困ったのは初段回路の配線で、老眼鏡ではよく見えず、拡大鏡が必須でした。工場などでよく見かける30cm位の大きなものが良いのですが、このアンプの組み立てのためだけに購入するのももったいないので、結局、手持ちの小さな拡大鏡を使って配線確認をしました。なお、チョークコイルと電解コンデンサーの配置や、DCバランス用ボリュームの配置など、フロービスの物とは異なるので、この部分は実態配線図を作って、確認しながら進めました。抵抗は一度取り付けると、間違いが発見しにくいので、あらかじめ袋に入れて分けておき、残りを確認しながら進めましたが、これは誤配線を防ぐのに役立ちました。

 組み立て完了後は調整ですが、まず各場所の電圧測定を行いました。高精度の金属皮膜抵抗を使ったことで、回路図に記載された電圧のほぼ1%以内に収まりました。次はDCバランスで、これは4つのボリュームで順次、50〜60mAになるように調整しました。ちょっとバランスが崩れると、プレートが真っ赤になり、その昔自作した時のことを思い出しました。当時の記事がないので、正確な記憶ではありませんが、どうもこのDCバランスを取った記憶がありません。店頭に置いてあった既成のアンプに比べて、自分で作ったアンプのKT-88は真っ赤になり、明らかに異常ではあるものの当時は原因がわからず、ほとんど使わずに押し入れに放置していました。もっともその時に長時間火を入れなかったのは今から思えば正解で、こうして35年後に復活することができたわけです。DCバランスも時間がたつと狂ってきますので、しばらく通電してから再度調整すると良いようです。現在は4箇所を切り替えても、ほとんど電流計が振れないほど、安定しています。
 DCバランスが取れれば、次はACバランスです。これは電圧計がないと測定できないのですが、これもK氏の好意で、発信機、オシロスコープ、電圧計など一式借りてきました。ACバランスは回路図の定数を決める時に考慮されていますので、あえて測定しなくても良いようです。測定した方が安心できるのは間違いないですが、今回も回路図通りの33Kと27Kで、電圧出力差は-0.2dB以内に収まっており、抵抗値を調整する必要はありませんでした。ACバランスを調べたついでに、周波数特性を計測してみました。出力10Wで、20Hzで-0.2dB、20KHzで-1.0dBと、高域でややレベルが落ちるものの、かなり優秀な特性の出力トランスだと思います

 さて、いよいよ音出しです。入力端子をDG-48の出力につなぐと、スピーカからほとんどノイズが聞こえません。これには我ながらびっくりで、以前製作した時はハムに悩まされ、ハムバランサー用のボリュームで調整して、ようやく目立たない状態にした記憶があり、この違いは回路なのかはたまた部品なのか、アースのとり方なのか、おそらくそれらの総合なのでしょうが、自作ゆえに、このノイズの少なさは感動的でした。

 肝心の音ですが、真空管アンプらしい分厚い感じの音で、音の伸びや空間的広がりなど、これだけ聞いていると、さほど不満を感じません。ところが、これをA-60に代えると、まず音がきめ細やかになり、背景がぐっと広がるとともに、奥行きが深くなります。やはりその差は歴然としており、ある意味安心しました。とはいえ、上の写真のように、ルックスはなかなかのもので、大型トランスと相まって、実に頼もしい存在感があります。その後仕入れた情報によると、粒子の粗さはKT-88の特徴だそうですが、何しろ35年も火を入れてなかったので、より滑らかな音になることを期待して、ひたすら鳴らすことにしました。
 ちなみに、K氏もこの両アンプの違いを一緒に聞いていましたが、彼の反応はA-60は音が薄いというもので、両者を比べると、確かにそういう印象があります。おそらくその違いは時代の違いで、KT-88がタンノイなど、当時の実在感のある音がするスピーカに合っているのに対し、A-60の一聴薄く感じるものの、S/Nに優れたきめ細かい音は802Dなどの現代のスピーカの持つ、透明感のある音の傾向とマッチしているためではないかと思います。

 そういった違いは認識しつつも、どこまで良くなるかを追及するのもオーディオの楽しみということで、二つのアンプを切り替える方法を考えました。もちろん音に良いのはスピーカ・ケーブルをその都度アンプに繋ぎ直すことですが、これはかなり面倒なのと、何よりもKT-88アンプよりも高価なケーブルにストレスを加えないようにするため、左の写真のような中継端子を設け、スピーカ・ケーブルはこの中継端子に固定し、それとアンプの出力端子間を両端にバナナ端子をつけた中継ケーブルでつなぐことにしました。これは非常に便利で、その気になればCDごとにアンプを切り替えることもできます。こういったものを気軽に作る気になったのはアンプを作ったおかげで、部品についても安価で、信頼感のある物を選べるようになったと思います。ちなみにケーブルはオヤイデのUL-1430をダブルにして使っています。直接接続した場合の音と比較はしていませんが、アンプの違いを聞き分けるには十分なクオリティです。

 ところが慣らし運転の過程で、予期せぬ事象が発生しました。それはビシッという、まるでどこかが割れたような音が出ることで、さらに不可思議なのは、ラインに乗る、つまりスピーカから聞こえるのではなく、アンプ自体から音が発生していることです。真空管を抜き差ししたり、いろいろトライしましたが、原因がわかりません。しかし、その音は球が暖まる過程でのみ発生し、30分もすると消えてしまいます。一時は他の機材に影響することも気がかりでしたので、出力端子にダミー用に20Wのセメント抵抗をつけて通電していました。もちろんこの状態でも同じ音がします。当初はシャーシが熱で歪むのではないかと疑いましたが、それも考えにくく、KT-88を抜くと音がしないこと、再度挿入するとしばらくは音がしないことから、やはりKT-88自体から出ているようです。新品と取り換えてみるのが手っ取り速いのですが、貴重なMade in UKの球ですので、もうしばらく様子を見ることにします。
 そういうトラブルは別にして、何とか良い音にならないかと期待して使い続けるのは、やはり愛着があるからですが、当初感じた、木綿豆腐のような肌触りの粗い感触は拭いきれず、特にソプラノでの声の粗さが気になります。測定しておりませんのであくまで推測ですが、これはアンプの歪みによるものではないかと思います。そんなわけで、このアンプも、もうそろそろ潮時と思いつつも、まだ行き先が定まらずに、ラックに収まっています


【追悼】本ページに登場するK氏が交通事故で、4月8日に永眠されました。もう一緒に音を聞いていただくことができないのは、本当に残念です。ここに謹んでご冥福をお祈り申し上げます。(2011年5月)


 アンプが暖まる過程で発生する歪みのような音がようやく収まり始めた頃、一番恐れていたラインにノイズが出始めました。当初はブツブツという音でしたが、時たまツイターからキーキーと連続音が聞こえるようになりました。ほとんど通電していないとは言え、35年も経過するとさすがに寿命かと思う一方で、ようやく本来の音が出始めた時でもあり、ともかく原因を探ることにしました。まずは裏蓋を開けて配線チェック、例によって拡大鏡ではんだ箇所を点検しましたが、特に怪しい部位は見当たりません。症状から言ってもKT-88の故障であることはほぼ間違いなく、左右の球を入れ替えてみました。するとノイズが消えてしまい、またわからなくなってしまったわけですが、3日目に再びノイズが発生しました。こんどは右チャンネルからで、これでKT-88が原因であることは突き止めました。
 次はペアの球のどちらかということですが、プッシュプル回路なので、片側だけで通電するのも気になります。いずれ交換が必要になるということで、KT-88をWebであたってみました。そこでGECのKT-88がプレミアム物と言われる状況を知るわけですが、ペアで何と\90,000という値段が相場でした。中古でも\50,000位します。一方で、復刻版なるものが多く出回っており、今でもKT-88はかなり人気のある球ということがわかりました。復刻版には同じGEC製でも、当時Gold Lionと呼ばれた球を模したものもあり、音も悪くないようです。となると、この際新しい球に取り換えるか、それともノイズを発生しているのはおそらく一個だけですから、一度だけGECを買うか、悩ましいところです。しかし、35年という年月を考えれば、今は一個でもそのうち他の球もノイズが出るようになる恐れは十分あります。いずれにせよ、まずノイズを発生している球の特定が先ということで、どちらにするか決断しないまま、秋葉原で探してみることにしました。
 まず、初段管を買ったラジオデパートの店で、同じブランドTRONALのKT-88がペアで\12,000です。音の傾向を揃える意味でも、これにしようかと思いつつも、GEC製も1本ならそこそこの値段であるのではないかと真空管の専門店に行ったところ、新品で\30,000というのがありました。さてどうするか、またまた悩みましたが、いずれ他の球も交換の時期が来るはずということで、まずはTRONALを買い、これで音が良ければそのまま使うという手順で進めることにしました。

 まずは4本ともTRONALにして音出しです。ノイズは出ませんが、温まる過程でのビシッという音は盛大に出ます。となるとこの音は球ではなく、やはりシャーシに取り付けているソケットや、ソケット取付板などの熱膨張による歪みのようです。肝心の音ですが、GECよりクリアで悪くありません。火を入れて1時間足らずでこれだけの音が出れば十分使えます。TRONALも使えるということが分かったところで、ノイズを出す球の特定作業です。ここで思い当ったのが、ACバランスを調整する段階で、入力をショートさせ、過電流が流れて、カソードとグランド間の抵抗が焼き切れて、ヒューズが飛んだ出来事です。思い起こせば、左チャンネルの球だったはずで、どうもそれがノイズの原因のようです。現在のGEC製の値段を知って、もう少し慎重にすべきだったと思う一方で、それが原因とすれば、他の球はもっと持つはずということになります。
 ノイズが出ている右チャンネルの球をTRONALに入れ替えてノイズの発生源を調べた結果、やはりヒューズを飛ばした時の球であることが判明しました。過電流が流れたと思われる球をTRONALに交換したところ、ノイズは完全に消え、なにかホットさせる暖かい音がします。なるほど、これなら同時代のビンテージスピーカに合うはずと思わせる音で、GECでなければ出ない味があるのは確かと思います。ただ、それが現代のスピーカにもマッチするかどうかは別で、むしろTRONALの方がS/N感などは優れているように思います。

 上の写真はノイズを発生していたGEC(右から二本目)のみTRONALに交換した状態で、DCバランスもさほど動かさずにバランスが取れました。特性も近似しているようです。ただ、見かけが明らかに違います。TROANLのKT-88の形も悪くないのですが、GECの中に混じると、その直線性がかえってドライな感じを与えます。音の方は先に記載したようにGECが支配的なようで、おそらく全部GECにした場合とあまり違わないのではないかと思います。このまま使うのは気になるし、さりとてまだ使える残りのGECを廃棄するのも忍びなく、結局秋葉原で見つけた\30,000のGECを何かの縁と、購入してしまいました。結果的にはTRONALはしばし休眠状態になりましたが、不良の球の特定に役立ちましたし、次に故障したときはこちらに乗り換えて、どこまで音が良くなるか試す楽しみもあります。
 現在は歪み音もほとんど気にならず、快調です。A-60との比較も音場の広さでは劣るものの、当初より滑らかな音が出るようになって、音そのものの魅力度は勝る点もあり、当面は並行して使うことになりそうです。(2011年6月)