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Sonus Faber

 現在のスピーカ、B&W 802SDを購入したのは2013年4月で、すでに9年経過しています。もっとも、スピーカの寿命という点では、一般的な使用頻度であれば10年くらいは何ら問題なく、数十年前のヴィンテージと云われるスピーカも未だに市場に出まわっているくらいです。とはいえ、メーカ側も定期的に新製品を出さなければ、いくら高評価な製品であっても、売り上げが減少していくのは避けられず、これはオーディオに限らず、市場の共通原理でしょう。そうなると、ユーザ側も心穏やかとはいかず、ましてステレオ・サウンドなどのオーディオ雑誌が、その進化の具合を書きたてれば、買い替えの気持ちをそそられるのは当然です。
 そんなわけで、2015年に後継機種の802D3が発売され、ずっと気になっていたのですが、当時は出張が多く、インターナショナル・オーディオ・ショーでさえほとんど行けない状況で、5年間そのままとなっていました。2020年に退職して、ようやくオーディオに向き合う時間ができ、後継機種である802D3、その延命策とも云えるPreastige Editioinという特別仕上げのものを試聴しました。その時感じた圧倒的な違いに、いずれは交換かと思わずにいられなくなったのですが、当時、802D3は発売からすでに5年、そろそろバージョンアップがあっても良いころで、スピーカはしばらくは様子見とし、より年期の入ったCDプレーヤの換装を優先したことは「802SDその後」に記載しました。ちょうどその頃、拙宅のB&W 802SDの片側の1個のウーファが故障し、802SDの修理にかなりの費用を要したこともあり、もうしばらく802SDを使うことにした次第です。

 その空白の5年間に発売されたスピーカでもう一つ気になっていたのがソナス・ファベールのアマティ・トラディションです。発売は802D3よりも2年新しい2017年ですが、B&Wに比べると試聴の機会が極端に少なく、発売されてから一度も聴く機会がありませんでした。ソナス・ファベールの取扱い商社はノアで、デノンやエレクトリのような大手商社とは違い、自社には試聴室がありません。従って、試聴は販売店に頼むしかなく、これまた馴染みの店でないとできない相談です。そんななか、ネットでソナス・ファベールのアマティ・トラディションと2021年に発売されたオリンピカ・ノヴァXとの比較試聴の機会を見つけたのですが、その状況については「DG-68のページ」に書いた通りです。
 それ以来、B&Wとは異なる傾向のスピーカへの思いが強くなる一方、昨年、B&Wは800D4シリーズを発表しました。802SDの下取りを考慮すると、D4の発売前の方が有利なのですが、長年親しんだB&Wの良さも分かっていますから、ソナスへの乗り換えは、802D4を聞いてから判断することにしました。どうせ交換するなら少しでも早くと思っていた矢先、2年ぶりに開催されたインターナショナル・オーディオ・ショーのマランツのブースで、発表直後の801D4と802D4を同時に聴く機会がありました。その後、B&W800のD4シリーズは販売店でも試聴していますが、空間的な表現力が圧倒的で、スピーカーの存在を意識させないという点では抜きんでています。ただ、その能力を生かすには802D4でさえかなりの広さが必要で、12畳でも本来の能力が発揮できないように思いました。実は、この空間的に飽和するという現象は、K-01 XDの導入時に802SDでも経験済みで、この対策として、スピーカの配置の見直しを行ったくらいです。

 諸事情が重なったとはいえ、アマティ・トラディションを試聴したのは発売から5年後で、そろそろ後継機種が発表される可能性があります。その観点では間違いなくB&Wを選ぶべきでしょう。一方で、いつまでも新製品というか、高性能を追求するというスタンスそのものを見直すべきではないかという思いも強くあります。オーディオ評論家なら、それは正しい方向でしょうが、個人でそれを続けるのは、金銭的にも無理があり、必ずしも音楽を楽しむことには直結しないでしょう。一方で、いぶし銀と表現された昔のタンノイのような音ではなく、現代オーディオ機器の持つ、クリアで広帯域の音質は維持したいという思いも強くあります。その解がアマティ・トラディションかどうかは自宅で鳴らしてみないとわかりません。ただ、高性能でありながらB&Wにはない、弦楽器の柔らかい響きに、その可能性を賭けてみることにしました。


 アマティを発注した時の話では、コロナ禍で納期は4か月先とのことで、3月末頃入荷の予定でしたが、一か月ほど予定より早く到着しました。搬入日は2022年3月5日。輸送業者の都合で設置作業が始まったのは5時半くらいで、日が長くなり始めた時期とはいえ、暗い中での作業となりました。一番気になっていたのは、802SDに使っていた耐震ボードがそのまま使えるかどうかでした。お店で寸法を計った限りでは、ぎりぎり乗りそうでしたが、黒い鉄板からははみ出したものの、何とか収まったのは幸いでした。アマティにはスパイク受けも付属していますが、ステンレス製の小さなもので、これも802SDで使っていたアンダンテラルゴのSM-7Aをそのまま使用しています。搬入後の微調整をやって、なんとか音出しができたのは夜の10時ころ。音出しして真っ先に感じたのは、低域がすっきりしたことです。恐らくD3やD4ではこの点は改善されているものと思いますが、802SDではオーケストラなど、ティンパニーが他の楽器に被ってしまい、聞き取りにくい状態だったことがよく分かりました。アマティはまだ低音がまともに出ていない状態ですので、良くなったというのは時期尚早ですが、低音域の分解能が高いことは十分感じられました。

 B&Wから乗り換えたもう一つの理由は、802SDのモニター的な性質です。もちろん、これはスピーカとしての性能の高さを示すものですが、ともすればソプラノの音域がピーキーに成りやすく、これも802SDの使いこなしで気をつけてきたポイントです。アマティに期待するのはその辺りがスムーズで、刺激的にならない鳴り方なのですが、設置して間もないアマティは、まるで糊の効いたワイシャツのようで、バリバリと突きささるような音がします。例えばDG-68で劇的に改善した内田光子とクルト・ザンデルベルク/バイエルン放送交響楽団によるベートヴェンのピアノ協奏曲第5番。最初のトゥッティからハイ上がりのバランスで、ちょっと聴くに耐えない感じです。思い返せば、初代の802Diamondも、ヴァイオリンが聴けるまで丸3年かかっていますから、まずは鳴らし込みです。

 搬入から10日ほどして、音が少し落ち着いてきたところで、DG-68の再調整を行いました。DG-68のヴォイシングは、定在波などの室内音響特性の補正なので、本来、スピーカには関係しないのですが、スムース・ヴォイシングの場合は、スピーカの周波数特性を生かした補正をしていますので、その差は小さいとはいえ、再調整が必要となります。もっとも、スピーカの経時変化を気にし始めると、バーン・インが進めば再度調整が必要ということになりますが、聴感上気にならなければ良しとして、まずはこの時点で最適化を図ることにしました。
 アマティと802SDの補正前の比較が以下の画面です。一見してわかる違いは、802SDの方が20Hz以下まで低音が延びている一方、アマティの方は20Hzでスパっと切れていることです。最初の音出しで、低音域がすっきりしたと感じたのは、この低音域の違いによるものと思われます。1KHzから上の領域でも大きな違いがあり、Amatiの方がフラットな特性となっています。ヴォイシングは部屋の伝送特性を補正するための機能ですが、部屋の特性が支配的なのは500Hz以下であり、それ以上の領域ではスピーカの特性が支配的になるということがわかります。まさにそれこそが、アキュフェーズがスムース・ヴォイシングを推奨する所以というわけです。

Amati Tradition(裸特性ー左)

Amati Tradition(補正前ー右)

B&W 802SD(裸特性ー左)

B&W 802SD(裸特性ー右)

 スムース・ヴォイシングは、上記の裸特性をベースにしていますので、当然似通った補正結果となります。中高域はもとより、低域も含めた全帯域でアマティの方がフラットですが、モニタースピーカを標榜しているB&Wとしてはちょっと意外な感じです。数十年前かもしれませんが、ステレオサウンドの企画で、市販の著名なスピーカを無響室で測定したことがあり、その時もソナス・ファベールのスピーカが最もフラットな周波数特性を持っていて、測定を担当した石井氏が同様なコメントをしていたのを思い出しました。
 実は、DG-68を再調整するまでは、802SDのスムース・ヴォイシングではなく、50Hz近辺が2dBほどアップしたマニュアル・ヴォイシングの方を適用していました。低域が不足するというよりも、高域を抑えるためですが、アマティのスムース・ヴォイシング結果が、802SDのスムース・ヴォイシングよりも、そのマニュアル・ヴォイシングの特性に近かったという事実は、我ながらびっくりで、人間の聴感というのは正直なものだと改めて思いました。

Amati Tradition(Smooth Voisingー左)

Amati Tradition(Smooth Voisingー右)

B&W 802SD(Smooth Voisingー左)

B&W 802SD(Smooth Voisingー右)

 イコライザー・カーブについては、802SDで使っていたカーブをベースに、若干高域を下げたカーブを適用しています。これが最適化どうかは分かりませんが、現時点で追い込んでもあまり意味がないので、とりあえずこれで聴いています。10日ほど経って、当初のバリバリと鳴る感じはなくなり、随分と滑らかになってきました。予想通り、オーケストラよりも室内楽、それも弦楽器の鳴り方にB&Wとは明らかに違う雰囲気を感じるものの、まだアマティの奏でる音楽に浸るというレベルではなく、それにはもう少し時間を要するようです。

 アマティを導入して2週間、だいぶこなれてきたとはいえ、まだ張り出したような音が気になり、CDプレーヤの電源ケーブルを、クリプトンのPC-Tripple-CとフルテックのFI-48を組み合わせた自作ケーブルから、以前使っていたORBのBrave Force Core-3に戻してみました。802SDの時に「解像度は落ちるものの音に暖かみがあり、安心して聴いていられる良さがある」と書いていますが、アマティは802SD以上にその違いを出すようです。これもアマティの意外な一面で、オーディオという観点でも取り組みがいがある、言い換えれば、すぐ思い描いた音を出してくれるスピーカではない、というのがこれまでの印象です。

 導入して一か月。当初のバリバリと鳴る感じは完全に消え、実在感のある、すなわち、そこで演奏しているかのような鳴り方に変貌しました。アマティは予想と違い、オーディオ雑誌でよく言われている音楽性よりも、オーディオ的性能を重視したスピーカです。二世代前とは言え、B&W 802SDと比べても、オーディオ的な意味での性能、たとえば分解能というか、楽器の音色を描き分ける能力は勝っています。ただし、それについては、駆動系の選択にあたり、B&Wを基準にしてきた経緯も大きく関与していることは間違いないでしょう。現状で気になる点は、全体的なバランスがハイ上がりというか、響きが明るいことです。そういう軽快な鳴り方がアマティの特徴とは思うものの、まだ音楽とじっくり向き合える状態ではありません。とりあえず、イコラーザーで低域を微調整していますが、システムの最適化を含めた鳴らし込みはこれからというところです。(2022年4月)


 それから更に一か月、イコラーザーの最適化に加えて、リスニングポジションとの対向角度を変更、正確には最初の状態に戻しました。アマティの設置については、当初は設置位置、内向き角ともに802SDとまったく同じにしていました。ところが、どうも低域の音圧が弱く、中抜けまではいかないものの、音が薄く感じられました。そこで、搬入から9日目に2度ほど内向けにしたところ、ちょうど良いバランスとなりました。当時はそれが最終配置のつもりで、上述のDG-68のヴォイシングも、この2度内向けに振った位置で実施しています。
 しかし、その後鳴らし込みを続けるうち、802SDで空間的に飽和した状態が再現されるようになり、40日後に再び802SDと同じ振り向き角(13度)に戻しました。わずか2度の違いですが、アマティはとても敏感で、その結果、ホールトーンがよりはっきりと把握でき、トゥッティでも詰まった感じがなく、より伸び伸びと鳴るようになりました。低域がそれだけ伸びてきたのだと思いますが、これだけ差が出ると、やはりDG-68のヴォイシングも再調整が必要かと思っています。

 その状態でひたすら鳴らし続けましたが、試聴に使ってきたCDを何度も聞き直して、自然な声の発声、ハーモニーの美しさ、空間的表現などでアマティの良さは十分感じられるものの、どうも音楽に生気が感じられず、物足りなさがつきまといます。たとえばヴァイオリンの再生では、802SDのような弦を擦る音が感じ取れないことから、イコラーザーの高域を若干あげてみたものの、ピアノの高域がキンキンして元に戻したりと、試行錯誤が続きました。
 ところが、搬入からちょうど2か月経過した5月の連休明けになって、ようやく陰影のある、活気の感じられる音が聞こえてきました。鳴らし込みといっても、せいぜい一日2時間程度ですので、トータル100時間を超えた位ですが、これまで不満だったのが何か、はっきりとわかりました。オーディオというのは、生きた音と感じられるか否かがポイントで、物理的には不満のない音でも、再生される音楽に演奏家の気迫が感じられなければ、存在価値がありません。そんな当たり前のことを再確認したと云えばそれまでですが、B&Wからソナスに乗り換えた者としては、ようやくアマティから安心して音楽に浸れる音が得られたことに安堵した次第です。物理的に何がそういう違いをもたらすのかはよく分りませんが、ダイナミックレンジそのものは802SDと遜色ないのですが、細かい部分での抑揚の差ではないかと思います。おそらく鳴らし込みで振動板のレスポンスが改善され、入力信号に対する追随性が上がってきたためではないかと推察します。

 配置を元に戻した状態でのDG-68の再測定結果とイコライザーですが、下図のように、ヴォイシング結果にはほとんど差がありません。ただ、背景のスムース・ヴォイシングをよく見ると、前回と比べて20Khz近辺が減衰しており、外向きにした影響が認められます。イコラーザーについては、低域を若干持ち上げ、高域は素直な減衰カーブにしています。イコライザーはまだ微調整の可能性がありますが、これまで使ったソースでは問題なさそうです。ともあれ、初期の鳴らし込みは完了し、今後、いろんなジャンルのコレクションに対して、アマティがどんな音楽を奏でてくれるか、楽しみです。(2022年5月)


 鳴らし込みを開始して2ヶ月で、上記のように活気のある音が出るようになったものの、まだ16年間も慣れ親しんだB&Wには及ばないと思われる状況が続きました。しかし、更に2ヶ月経過した7月になって、アマティがこれまで気づかなかった、分厚い音を聞かせるようになってきました。スピーカは生き物と云われますが、アマティはその傾向がより強いようです。分厚い音と感じたきっかけは、手持ちのCDの中でハイ上がりの薄い音という印象が強い、一連のカラヤンのグラモフォン録音です。

 左側の二つのCDは、すでに電源ケーブルのページに登場していますが、アマティでは、802SDより更に厚みのある音が聞け、ようやく弦楽器の豊かな響きを引き出すことを狙って導入したアマティの面目躍如、というところです。シノーポリがフィルハーモニアと録音した、シェーンベルクの浄夜とぺレアスとメリザンドも、これまで聞いたことのない分厚い響きで、特に弦楽合奏版の浄夜は演奏の良さも相まって楽しめます。ちなみに、シノーポリが残した新ウィーン学派の楽曲は、このシェーンベルクのみフィルハーモニアで、これ以外はすべてシュターツカペレ・ドレスデンとの録音です。

 802SDとの違いは、弦楽器に限らず、管楽器も分厚く響くことに加え、音源のフォーカスが甘いことです。802SDのような鮮明さはないものの、音源が相対的に大きいことが、音の厚みを感じさせる要因でもあり、その分、緊張感を強いられることなく、音楽をゆったりと味わうことができます。以前、ステレオ・サウンド誌で、ソナス・ファベールのオリンピカ・ノヴァXと組み合わせるアンプとして、黛氏がマッキントッシュを推奨していました。黛氏はもともとマッキントッシュのファンなので、そういう組み合わせもありなんだろうなと思っていました。しかし、実際にアマティを使ってみると、見かけのスリムさとは異なり、大らかさも感じさせる音で、そういう方向を更に追求する観点で、マッキントッシュとの組み合わせもありかもと思うこの頃です。(2022年7月)