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デノンからエソテリックへ

 昨年我が家のオーディオシステムもようやく完成し、あとはケーブルなどで音質の微調整をするだけのつもりでいました。ところが昨年暮から話題のSACDプレーヤが発表になり、特にアキュフェーズの自社開発メカ搭載のセパレート機は気になる存在です。今のデノンのSACDプレーヤ、DCD-SA1については比較試聴もしないで購入したこともあり、その実力や音質傾向の確認もしたいところです

 先日テレオンでステレオサウンドでグランプリとなった3機種について聴いてきました。3機種というのは、アキュフェーズのセパレート型プレーヤ、DP-800+DC-801、エソテリック(TEACのブランド名で、かつてのテープデッキの時代を知るマニアにはTEACの方がなじみやすい)のX-01 D2、およびマランツのSA7 S1。テレオンの試聴室というのはものすごくデッドな部屋で、よほど慣れた人でないと音質が把握しにくいのですが、アンプ、スピーカなどは我が家と同じにセットしてくれるので、少なくとも音の違いは把握できます。この3機種のうち、マランツのSA7 S1は澄み切った感じの音できれいなのですが、どうもデノンに馴染んだ耳には音が薄く感じられ、買い換えるほどではないと思いました。残りの2機種とデノンとの違いはそれぞれありますが、一口で言えば空間表現、すなわち奥行きや立体感の再現がまったく違います。デノンも空間表現は出る方ですが、その比ではありません。こうなると収まりが付かなくなるのがオーディオマニアで、結局2機種を借りて自宅で比較することにしました。

 エソテリックX-01 D2は3代目のバージョンになります。最大の特徴はVRDS-NEOというメカを搭載していることです。SACDに特化したメカというのは実は世界中でも少なく、貴重な存在だそうです。難点は価格が高いことで、OEMとして各国のメーカから問い合わせがあるようですが、値段がネックになって実現していないとのこと。この機種を聴くとメカの重要性が良くわかります。まずは解像度の高さにびっくりします。すべての音域に対して高い解像度を持っていますが、特に低域のクリアーさは抜群で、これはおそらくメカのおかげでしょう。

 一番うれしいのは、80年代のCDでも新たな発見があることと、ちょっと音がきつくて聴きづらいと思われたCDでも聴きやすくなること。一般に解像度が上がるときつい音になるように思われるが、決してそんなことはない。もちろんSACDのような新録音はそれ以上によくなる。つまり、どのCDでも録音のクオリティがあがったように聞こえますが、もともと良い録音ほど、その差が顕著にでるという感じです。土・日と集中して聴いて、早速発注しようかと思ったほどですが、まだアキュフェーズを聴いていないので、思いとどまった次第。もちろん欠点もあります。一番気になるのはメカの音、それも演奏中の回転音が大きく、かなり耳障りであること。それと、これは我が家のシステムとの相性の問題ですが、ヴァイオリンなどの高域の弦の音が、かみそりのように細くなる点。決して耳障りな音ではないが、ヴァイオリンの音というのはもっと豊かでつややかなはずで、この点だけは気になります。一方、エソテリックからデノンに戻すと、いかにもデノンが音作りをした音に聞こえるから不思議です。ヴァイオリンはつややかで、低音域はゆったりとしており、極めてバランスの良い音ですが何か作為的なものを感じてしまいます。

 アキュフェースの新型SACDプレーヤは発売以来超人気だそうで、貸し出しは4月末くらいと言われました。エソテリックからあまり日数が開かないうちにと思っていたところ、1週間もしないうちにキャンセルがあったとかで我が家にやってきました。それにしても180万もするSACDプレーヤがそんなに売れるというのは、SACDプレーヤには優れた製品がまだ少ないということでしょうか。DP-800をテレオンの試聴室で聞いたときには、中高音域に独特のつやが乗る感じで、それが気になったのですが、自宅では全く気にならず、むしろ自然に伸びた音に聞こえます。それにしても、同じアンプとスピーカでも、ケーブルや部屋の影響でこんなに印象が違ってしまうというということは驚きです。自宅で聴くこのペアの音はこれ以上なにもいらないと思わせるすばらしい音です。

 シルキータッチというか、とにかく美音で、細やかさやなめらかさでは最高レベルです。音像はエソテリックに比べるとやや大きく、それがかえって音場の密度を高めることになるようで、空間に音が満ちあふれる感じになります。高音域の弦の音や人の声は最高で、つい聞き惚れてしまいます。
 もうこれしかないと思う一方、欠点は低音で、よく言えば豊かですが、悪く言えばしまりがない。低音の解像度が気になったので、テレオンに聞いたところ、同じメカを使っているCD専用のプレーヤDP-500も同じ傾向だそうで、どうもこの新規開発のメカの特徴らしい。オーディオ雑誌にはあまり書かれていないが、さすがのアキュフェーズもVRDS-NEOには負けるようです。

 やはりデノンと交換するならアキュフェーズかと心の中ではほとんど決めて、再びデノンに戻したところ、そのバランスが非常によく似ていることに気づきました。これでも良いではないのと言うのが正直な印象です。もちろん先に述べた空間表現や密度は全く違います。しかし、音色、高域がつややかで、低域が豊かな感じがほんとによく似ている。改めてデノンを見直しました。戻したときの落差は明らかにエソテリックが大きいということは、機器としてのポテンシャルが高いということです。判断基準として忘れてはならないのは、アンプやスピーカとの相性で、DP-800はエソテリックに比べると音質は柔らかいのですが、それがA-60との相乗効果で、何とも心地よい音になる。一方、エソテリックはモニター調が強調されるようです。あくまでハイクオリティを追求するか、美音に酔うか、なんとも悩ましい選択です。


 約1週間悩んだ末、基本性能が優れ、かつ可能性がより高いと考えられるエソテリックに決めました。しかしこの選択は覚悟の上とはいえ、とんでもないものを持ち込むことになりました。自宅試聴したときからモニター調が気になっていましたが、CDプレーヤでここまでシステム全体の印象が変わってしまうとは思いもよりませんでした。この変化を一口で言うと、今までの緩やかなイメージの音から、ハイエンド特有の硬質、かつワイドレンジ感を強調した音で、スピーカで云えばB&WからAVALONに変えたような変化です。オーディオシステム全体の音に一番影響するのはスピーカであると言われ、私もそう思っていましたが、CDプレーヤもシステムの傾向を大きく左右するコンポーネントです。特にエソテリックは解像度が高いので、よけいにそう感じるのかもしれませんが、音の入り口でこんなに変わる、というよりそれがCDプレーヤの実情であるということが、にわかに信じがたいことでした。
 アキュフェーズのA-60というパワーアンプは本来温もりやつやのある音を出すアンプですが、極めて高精度な音であることは認めるものの、およそ潤いのない音になってしまい、とても音楽を楽しむ気分になりません。そもそもエソテリックとアキュフェーズという組み合わせが間違っているのではないかとさえ思いました。エソテリックに決めるとき、このことはもちろん予想されましたが、一般に音を緩める方が締めるより調整しやすい、というテレオンの話を信じて決めた経緯もあり、早速相談しました。

 テレオンの意見ではまず、ラインケーブルに使っているアクロリンクが合わない、エソテリック、アキュフェーズユーザに好評のCARDASにしてはどうかということで、適当なものを送ってもらいました。届いたのがCARDASのGolden PresenceとPADのCOLOSSUSの2種。CARDASは気になっていた高域が滑らかになり、刺激的なところが無くなります。しかも解像度が落ちると言う感じはなく、エソテリックユーザに人気があるというのも納得できます。PADの方は現行製品ではなく、新品では何と30万もしたようです。このケーブルは中高音につやが乗り、エソテリックが一瞬アキュフェーズのプレーヤになったかと思わせる音がでました。いろいろ試した結果、CDプレーヤ、プリアンプ間にPAD、プリ、パワーアンプ間にCARDASを使うのが最もよさそうでした。しかし、いろんなCDを聴くうちにどうもつやと思われていた部分が不純物が混じったような感じがして、試しにアクロリンクに戻したところ、もやもやが取れ、こちらの方がかえってすっきりした感じになります。PADのケーブルは発売から10年くらいは経過しており、最新のものに比べるとSNが悪いのではないでしょうか。それにしても、グレードアップのために交換したCDプレーヤで、何でこんなに振り回されるのかと、腹が立ってきました。しかし冷静に考えると、腹立たしいのはエソテリックに対してではなく、ケーブルでやろうとしていたことが、機器の性能を引き出さずに、無いものを無理やり付け加えようとしていた自分に対してだったのかもしれません。高級機というのは本来優れた性能を持っているわけで、それを否定するようなことは決してすべきことではないと改めて感じました。

 一番ショックだったのは、借りたケーブルを使ってデノンに戻した時です。実に心休まる音で、何のことはない、散々金を使って、今までの音を越えられないのかと思った次第。デノンのままケーブルだけCARDASにする手もあったのではないかと、少しばかり悔やむことになりました。
 さて、借りたケーブルを返したついでに早速CARDASを購入、まずはこれで一歩前進しました。これをプリ、パワー間に使って、送り出し側を今までどおりアクロリンクにするだけで随分と聴きやすい音になりました。オーディオアクセサリーという雑誌があり、そこで毎年ケーブル大全という雑誌を出しています。それを見ながら合いそうなケーブルを物色していたら、オーディオユニオンでCRDASのGolden Referenceという最上級のバランスケーブルの中古を見つけました。連休中は1割引というセールストークに負けて、1週間もしないうちに、ラインケーブルは2本ともCARDASになりました。
 これで少し安く済んだということで、次なる興味は電源ケーブルに移りました。電源ケーブルについてもその効果はいろんなところで聞いていましたが、デノンの時はシステムの音に満足していたこともあり、その気にならなかったのですが、エソテリックにしてからというもの、この機器の性能はもっと高いはずと信じて、あらゆる手を打つ気にさせられた、というよりそうせずにはいられなかったというのが正直なところです。電源ケーブルは先のケーブル大全で、「中間帯域を軸にした肉厚でウォームな音質は、弦楽器や声楽などに格別な雰囲気を表現する」という殺し文句を信じて、ORBのHC-150ACWというケーブルにしました。これが当たりで、エソテリック付属の電源コードと交換すると、かなりしっとりした味わいになりました。

 結果的に随分と高いCDプレーヤになってしまいましたが、現在の音はデノンとは比べるべくもなく、もう戻る気はありません。機器の性能を信じてここまで付き合ってきましたが、その甲斐あって、ようやく音を気にせずCDに刻まれた音楽を楽しめるようになってきました。比較試聴でも述べましたが、エソテリックの良いところは、古いCD、と言っても1980年代ですが、デジタル時代初期のCDから新鮮な音を引き出してくれること。当面はこれらのCDをとっかえひっかえ楽しむことになりそうです。試しにデノンに戻してみると、こんなにぼけた音だったのかと改めて思います。欲を言えば、オケのヴァイオリンにもう少し厚みがほしいところですが、一方でヴァイオリンばっかり目だつCDが多いことも事実で、それを差し引けばこの程度でバランスしている方が良いようにも思えます。導入して約1ヶ月、CDによってはまだ緊張感を強いられることもままありますが、しばらくは鳴らし込むことにします。
 ハイエンドオーディオ機器はは使いこなしが難しいと良く云われますが、まさにそのことを実感することになりました。逆に言えばそれまでの機器は、たまたま使い易いものを選定していたということになります。これはコンポーネントを組み合わせる場合には重要なことで、オーディオ評論家も機器の評価にはこのあたりをもっと強調すべきではないかと思います。巷に高額の中古が氾濫しているのも、機器を使いきれなかった表れではないでしょうか。(2007年5月)